第13話 梵天より賜りし煌矢
時は少し遡り、朝陽が現着する数分前。
「目的地へ到着しました。足元にゲートを展開しますので、その場から動かずお待ち下さい」
近代的な戦艦のコントロールルームを想わせる室内。
そこでコントロールパネルを操作するのは、いつになくハキハキと言葉を発する
彼は
「準備はいいですね。ゲート展開三秒前」
出撃の時を待つ青年は、日輪の輝きを想わせる瞳を閉じて、己が信念の確認作業を行う。
それは彼が最強としての力を振るう際に必ず行うルーティンであった。
「二」
燃える赤髪の青年は祈る。
社会から
「一」
最強の紋章者としての覚悟は既に決まっている。
最強と呼ばれ、皆に頼りにされたその時より。
「ゲート展開。目標地点上空より投下します。御武運を祈ります」
一人の人間、
誰もが笑顔でいられる世界のために。
戦うと決めたその時から掲げる、決して折れることのない信念を。
朝陽は足元に展開されたゲートより目的地上空へ投下される。
眼下には凍結した空間の上に構築された、氷の大地と黒い半球上の空間。
朝陽は黒い空間——侵食領域——の最も力の薄い部分を瞬時に見極めて狙いを定める。
そして、空気を蹴って加速し、流星のような一撃で侵食領域に穴を穿った。
◇
「よく頑張った。お前の頑張りが俺を間に合わせてくれた。礼を言う」
安心感を与える為に肩を抱いて、八神の奮闘を労う。
すると、彼女は身体が限界を迎えたのか、安心して気が緩んだのか、又はその両方故か、気を失ってしまった。
八神の身体の力が抜けて、朝陽に身体を預けた瞬間だった。
それを隙と見た
音すら置き去りにした不可視の一撃。
それを朝陽は
尚且つ、
回避と同時に、掴んでいた腕を引き千切ってバランスを崩させる。
作り出した
「少し待っていろ」
そして、そのまま足裏から大地を焦土へ変えるほどの莫大な魔力を放出した推進力で羅刹に追撃をかけながら、上空に開いたゲートに向けて飛翔する。
「
「は、はい! 任せてください!」
抱き抱えた八神を、まるで割れ物を扱うように聖へ託す。
朝陽はゲートが閉じたことを確認すると、魔力放出で加速させた後ろ回し蹴りを繰り出して背後に迫っていた羅刹の顎を蹴り上げた。
しかし、羅刹は自ら上空へ飛び上がることで蹴りの威力の殆どを殺す。
「待っていろと言ったはずだが、せっかちな奴だ」
地上で戦えば最悪の場合、戦闘の余波で街全体が焦土と化してしまう。
故に、空中へ出てきた羅刹を地上へはもう決して帰さない。
上空へかち上げられた羅刹は背部から伸びる翼を駆使して即座に体勢を立て直すと、複数ある甲殻の尾を殺到させる。
その一つ一つが地形を変える程の威力を秘めた一撃。
「無駄だ」
だが、朝陽はそれを炎を纏った手刀で全て焼き切る。
切られただけでなく、切断面を焼かれた為、再生速度が低下して尾を瞬間再生できない羅刹は、尾による攻撃を封じられる。
普通に考えれば近接戦を仕掛ければ先の尾のように、今度は自身の身体が切り刻まれてしまうことを懸念して遠距離戦を仕掛ける場面だ。
だが、怪物に常識は通用しない。
羅刹はただ、眼前の敵のみを排除することに目的をシフトする。
朝陽昇陽を殺害する。
その為に不要な物全てを排除し、自身の身体を最適化する。
ベキベキベキゴキベキュゴキャッッ!!
硬質な甲殻が圧縮されて、その内部構造もまた瞬時に変貌を遂げていく。
思考は更なる単純化を……。
否
目的を遂げる為にはもはや、僅かに残っていた思考能力すらも時間の無駄故に不要と判断して消し去る。
そこで朝陽はある変化に気がついた。
目視できる変化はない。
しかし、羅刹の姿が変わるとともに肌がヒリつく感じがしたのだ。
「
それを即座に毒の類であると推測した朝陽は周囲への拡散を防ぐ為に、自身と羅刹を中心とした炎の球状結界を展開して毒ガスの拡散を防ぐ。
炎の球状結界が展開されたと同時、朝陽の身体が灼熱の炎に包まれる。
「その強さ、四画分の紋章災害といったところだろう。ならば俺も力を尽くさねばなるまい」
その身を包む炎が晴れる。
そこにはスーツは燃え
その内には漆黒の衣を纏い、それら全てを黒き闇のようなファーコートが覆い隠す。
そして日輪を抽象した耳輪をつけた朝陽の姿があった。
変化は装備だけに留まらない。
彼の目は日輪を想わせる黄金の輝きから、結膜は黒く染まり、角膜は赤みを帯びた金色に変化していた。
その瞳は、まるで宇宙に
これこそが彼の紋章の象徴とも呼べるものであり最強の武具である。
本来なら槍や弓といった武器も出せる。
けれど、それらを用いればいくら廃工場地帯といえど被害が甚大なものとなってしまう。
故に、彼は防具のみを身につけて徒手空拳で羅刹を打倒しようと考えたのである。
互いに姿を変えた両名は睨み合う。
一方は天と地ほどの
一方は常識の通じない相手故に、油断なくその手札を観察するために。
だが、硬直した戦況は長くは続かなかった。
この男に隙などない。
たとえ何十年と睨み合おうと隙を見せることはないと、本能で悟った羅刹が先に動いたのだ。
先の攻撃がまるで
これが地上ならば余波だけで多大な被害が生じていたことだろう。
それほどの重さ、速度の一撃であった。
当然といえば当然である。
先までの羅刹は己を構成する四画分の紋章に宿る魔力を温存し、より多くの人間を
対して、現在の羅刹は朝陽ただ一人を殺害する為に、己を構成する四画分の紋章全てをフル活用している。
単純計算でも先の四倍、実際はそれ以上に出力が上昇しているからだ。
だが、それほどの一撃でも最強を傷つけるには足らなかった。
それは残酷なまでに開いた、純粋な実力の差であった。
「当たらなければ意味はないぞ」
音速など遥かに上回る羅刹の一撃は先読みされていた。
ほんの数十秒前の出来事を
ただ、クロスカウンターを放つのではない。
「吹き飛べ」
その一撃は羅刹自身と余波の運動エネルギーが加わることで、羅刹の一撃すら軽く上回る破壊力を秘めていた。
それをもろに顔面に受けた羅刹は錐揉み回転しながら吹き飛ぶ。
あわや、周囲を囲む炎の結界に激突する寸前。
翼で空を打つことで、なんとか姿勢制御に成功する。
もう少し遅れていたらどうなっていたか。
触れただけで瞬時に炭化した翼の先端が如実に物語っていた。
だが、その程度の
眼前にいるは人類史上最強の紋章者。
羅刹が周囲の炎に反応を示した刹那の隙に、最強は追撃を仕掛けていた。
気がつくと羅刹の身体は炎上していた。
彼の周囲に漂う火の粉が寄り集まり、炎の衣となって襲い掛かったのだ。
全身を覆い尽くした炎は身体に纏わり付き、離れることなくその身を焦がしていく。
炎上と再生を繰り返す中で激痛がその身を襲う。
しかし、羅刹には痛覚を感じるだけの理性はもう存在しない。
彼は全身に炎を纏いながらも、微塵も気にしない。
音速を遥かに超える駆動の余波で、全身に纏う炎を更に
右腕からゾゾゾッと現れた無数の
それに対して朝陽が取った行動は最小限であった。
羅刹の燃える拳。
その掌に当たる部位の炎を遠隔操作して爆発させることで、上方へカチ上げる。
そしてガラ空きとなった懐に飛び込み、拳を叩き込んだ。
拳は核シェルターすら越える高度となった甲殻を容易く粉砕する。
衝撃と共に波状の炎が細胞レベルで羅刹を焼き尽くして、再生する暇すら与えず融解させていく。
しかし、羅刹もただでは終わらない。
自身の終わりを悟った羅刹は首を自切し、残りの全魔力を暴走させて爆弾とする。
その威力は半径一〇キロメートルが跡形もなく吹き飛ぶ程だ。
仮に起爆してしまえば、街一つなど容易く消滅してしまうだろう。
即座にその脅威を把握した朝陽は
そして、夕陽に焼ける大空へ向かって全力で羅刹の頭を押し上げるように蹴り上げる。
「
——
インド神話に登場する多くの英雄が
その多くは弓から撃ち出す矢の形をとる。
だが、朝陽はそのような
放出系の技全てをブラフマーストラとすることができる。
故に、朝陽は半径一〇キロメートルを焦土と化す爆弾となった羅刹の頭を無力化するため、その頭を矢弾と見立てて天高く蹴り上げた。
羅刹は焔に包まれながら凄まじい速度でもって夕陽に焼ける大空へと昇っていく。
その様はまるで地から天へと昇る流星のようであった。
地から昇る流星は遂には対流圏を抜けて成層圏にまで至る。
流星が昇った数秒後。
夕焼けが掻き消される程の極光が大空を飲み込んだ。
そして、大空の雲全てを晴らす極光が収まった後には、綺麗な
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