第37話

 リプロの町が大賑わいだ。賑わっているのはプレイヤーばかりで、NPCの姿はいつの間にか消えてしまっている。

 あ、訂正。

 売り買い系のNPCだけは健在だ。


「このNPCたちって、襲撃イベントでモンスターに襲われたりしないんですかね?」


 なるべく人が少なく、且つ広い場所を探して町中を彷徨うボクら。

 町を自由に歩いていたNPCはまったくと言っていいほど見つからないのに、清算広場のNPCや所々で商売をしている屋台の商人なんかは残ったまま、時折「○○はいらんかね〜」なんて、空気の読めない言葉を口にしている。

 商売熱心だなぁ〜。


「んー。NPCのAIが、その辺の人間レベルのVRだと襲われたりするんだけどなぁ」

「んむ。このゲームはどうだろうな。一部のイベントNPC以外は、あまり良いAIを使ってないから、昔のMMOみたいにオブジェクトみたいな感覚なのではないか?」

「コンシューマーゲームのNPCみたいなってことですか?」


 セシルさんが頷く。


 確かに、このゲーム、最初の飛行船内のNPCはボクの質問にもスムーズに答えてくれていたし、表情も柔らかかった気がする。

 でも、町を自由に歩いているNPCなんかは、自由に歩いているだけで特定の言動をさせられているだけという気がしないでもない。特に売り買い系のNPCなんかはそう。こちらが喋る言葉の中に、ある特定のキーワードが混ざっていれば反応してあとはウィンドウ操作するだけだ。

 まぁアイテムの売却に列を作らなくていいから、それはそれでいいのかもしれない。なんせ冒険者ギルドでのあの行列は、急ぎたいときには困っちゃうもん。


「さて、俺らはどこに陣取るか……」


 かっちゃんがきょろきょろと辺りを見渡し、少しでも戦いやすそうな場所を探している。

 そういえばかっちゃんって、弓を持っているから弓手なのかな? マヨラーさんは杖だけど、アンナさんが持っている杖と比べると一回り大きい。魔術師なのかな。

 レベルはシグルド君とアンナさんが19で、かっちゃんとマヨラーさんは23。ボクとセシルさんは14……うーん、レベル差、大丈夫かな。






《本日は『Dioterre Fantasy Online』クローズドベータ最終日にご参加頂き、まことにありがとうございます》


 突然空から声が聞こえてきた。

 その瞬間、周囲の空気が一変したような気がする。

 なんていうか……マラソン大会の『位置について〜』という声が聞こえた瞬間のような、そんな緊張感が一瞬にして漂った。


《これより、クローズドベータ最終日イベントとして、リプロの町襲撃イベントを開催いたします》

《尚、このイベントによって町が破壊されたり、死亡者が出たりといった演出は一切ございませんので、心おきなく大暴れしてください》


 はぁ〜、よかったぁ。

 安堵しているボクとは違い、周りの人達は苦笑いを浮かべたり、鼻で笑ったり、中には顔色ひとつ変えずただひたすら戦闘準備をしている人なんかもいた。


《また、このイベントで登場する各巨大モンスターを倒すのに貢献したプレイヤーにはオープンベータ以後でも使用できますアバター装備が贈呈されることとなりますので、皆様力の限り思い切り頑張ってください》


 ここで歓声と、そしてブーイングが起こる。


「え? なんでブーイングまで?」

「んなもん決まってんだろ。貢献度上位なんて、レベルの高い連中が占めるだけじゃねえか。あぁ、糞。こんな事なら遊んで無いで、必死にレベリングしとくんだった」

「悪いな坂本」

「だからシグルドって呼べよっ! かっちゃんは廃プレイしてたからいいよなっ」

「レベル20超えか。確かに廃だな。公式掲示板で見たが、レベル20超えはそんなに居ないという噂だし」

「あぁ。俺たちが通ってる狩場はすかすかだ。なぁマヨラー」

「だなぁ。エリア内に二、三十人ぐらいしかおらんと思うよ」


 かっちゃん、なんでボクやシグルド君だけ本名で呼ぶんだろう。単純に本名を知らないだけだからとか?

 それにしても、レベル20超えが少ない中で、二人は23って……凄いなぁ。


「貢献度上位五十人だし、シグルド君とかアンナさんは大丈夫なんじゃない? だってレベル20超えが少ないんだったら、レベル19の二人は……」

「むりむりっ」


 シグルド君即答。アンナさんも首を左右に振って否定している。

 けれど次の瞬間――


《貢献度の選定方法ですが、全プレイヤーのレベル5毎に判定を行います。レベル1から5、6から10,11から15,16から20。そして21以上。この五つのグループ内から上位10名。合計五十名にアバター装備の贈呈となります。更に――》


 更に攻撃枠、支援枠、ヘイト値の三つに分けての選定となるらしく、結果的には百五十人にアバター装備ってのが配られると空からの声は言っている。

 途端、ブーイングが消え、歓声だけが町中に響き渡った。


「うへぇ、太っ腹ぁ」

「支援枠……やったぁ」

「よし。攻撃枠とヘイト値でトップ3に入ってやる」

「おいかっちゃん……タンクからヘイト取るのやめてや」


 レベル11から15……ボクにも希望、あるかな?


《それでは皆様のご健闘をお祈りいたします》


 それ以後、空から声は聞こえなくなった。

 もうすぐ始まるってことなのかな。

 くぅ〜、わくわくするなぁ。


 皆が期待に胸を膨らませている時、ボクたちの足元がずしん、ずしんと揺れ始めた。

 地震じゃない。

 何か……何か大きなものが歩いてきているような、そんな振動だっ。


「え? ど、どこから?」

「なんだよこの揺れ」

「おいおい、どんだけ巨大モンスター出してくるつもりなんだ運営はっ」

「ちょ! 南門に巨大ポヨンが湧いたらしいぞっ。周辺に雑魚ポヨンが群れてるってっ」

「突撃ぃーっ」


 え? え? 何?

 結局最初の待ち合わせ場所からほとんど動けなかったボクたちだけど、周りのプレイヤーの多くが南門に懸け出すのをただ見送っていた。


「巨大ポヨン……み、見に行かないの?」

「行っても既に大勢のプレイヤーが蟻みたいに集ってて、触ることすら出来ねえよ」

「で、でも襲撃イベントに――」


 参加、できない……。

 初めてのVRMMOだし、イベント、参加したかったなぁ。


 落ち込むボクを見て、セシルさんがポンと肩を叩いてきた。


「君、さっきの天の声をちゃんと聞いたかね?」

「天の? えぇ、もちろん。巨大モンスターとの戦闘で貢献した、各レベル帯の上位十名が……」


 ここでセシルさんが、チッチッチと口元で指を立てる。そしてずいっとボクに顔を寄せて――


「各巨大モンスター。と、天の声は言ったのだよ」

「各巨大……かっ」


 つまり、巨大モンスターって一匹じゃないってこと!?

 口をパクパクさせて皆を振り返ると、全員がにっこりした顔で頷いた。ちなみに周囲に残っていた知らないプレイヤーの人達も、何を今更みたいな顔でボクを見ている。

 わぁ、そういう事だったんだぁ。


「じゃあ、まだ他にも出てくるんですね」

「うんうん。マロン君、頑張りましょうね」

「はいっ、アンナさんっ」

「んむ、頑張りたまえ。とりあえず……」


 そう言ってセシルさんがアンナさんの手を引っ張って歩き出す。壁に向って――だ。

 それを追いかけるシグルド君。更に追いかけるボク。その後ろからマヨラーさんとかっちゃんの声が聞こえ、付いて来ているのが解った。


「ちょ、兄貴! アンナを連れてどこ行くんっすか!」

「ふふふふふ。良いではないか、良いではないか」

「ちょ! アンナあぁーっ」


 何やってるんだろうあの人。まるで悪のスケベ代官みたいな事言いながら階段上っていってるよ。

 壁の上に何があるって言うんだ。別に何も変わったことなんてないよ。

 見えるものなんて、壁の向こう側に生えている木のてっぺんぐらいしか……。


「アンナはイケメンに拉致られた」

「シグゥよりイケメンやしねぇ。諦めたら?」

「五月蝿ぇお前ら! ボス擦り付けるぞっ」

「カマーン」

「シグゥが怒ったぁ〜。青いなぁ」

「髪の色は関係ねえだろっ」

「っぷ。やから青いって言うんだよ」


 ボクを挟んで上と下とで変なやりとり始まっちゃったよ。

 そんな声も気にせず、壁の上に上がってしまったセシルさんは、アンナさんと一緒にボクたちを待っていたようだ。


「君たち、何をちんたらやっているのかね。やる気はあるのか?」

「あ、兄貴がっ」

「シグルド、横を見てよ、横っ」


 アンナさんが声を荒げるので、ついボクも一緒になって横をみた。

 横――んーと、町の景色?


「そっちじゃないからっ」


 ボクとシグルド君は同時に町の方を見ていたようで、慌てて外側に顔を向けた。

 そして目が合った。


 巨大な――


《カマカマァーっ》


 カマウッドと。

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