第36話

 夕飯を食べ終えると、少しだけお腹を休めて、それからトイレ事情を済ませてから部屋へと戻る。

 今日の十時でクローズドベータも終わるし、お風呂はその後でいいや。

 さっそくログイン! と思ってベッドに寝転ぼうとしたら、携帯端末の着信ランクが点滅しているのが目に入った。


 えーっと……あ、坂本君からメールだ。

 なになに?

 八時までにログインしろ?

 襲撃イベントがあるらしい?

 昨日の待ち合わせ場所で待ってる?


 慌てて時計を見ると、八時まであと一分も無いという所に針があった。

 い、急いでログイン!


 ヘッドギアの電源ボタンを押して急いで『Dioterre Fantasy Online』の世界にダイブする。

 急げっ、急げっ。


 ログインすると目の前には壁が立ち塞がる。

 うん、壁際でログアウトしたんだったね。

 でもよかった。ここ、昨日の待ち合わせ場所から近いや。

 急いで待ち合わせ場所に向おうと駆け出すと――


「ねぇそこの垂れ耳の彼女。もうすぐ襲撃イベントがあるっていうし、よかったらパーティー組まないか?」


 と男の人に誘われる。

 垂れ耳の彼女……。やっぱりオープンベータってのになったら、キャラメイク変えようかな……。


 結構です。間に合ってます。と答えて先を急ぐ。


「そこの犬耳の可愛いお嬢さん。俺らとパーティーを――」

「まだパーティー決めてないなら俺たちと――」

「防御力には自信あるんだぜ。しっかり守ってあげるからさぁ、是非うちのパーティーに――」

「前衛後衛支援。全部揃ってるようちは。どう? ――」


 ぐぬぅーっ!

 どうしてこうボクの邪魔ばかりするんだぁ。

 だいたいなんでこんなに声が掛かるんだよ。

 と思ってよく見てみると、リプロの町はプレイヤーっぽい人で溢れかえっているじゃないか。

 これ、皆襲撃イベントってのに参加する為に集まってきたの?

 こんな大人数で挑む敵って……ど、どんな強さなんだっ。


「ねぇねぇ君ぃ」

「俺たちのところに」

「いやいや、俺らの所にどう?」

「先に声を掛けたのは――」

「ふは〜っはっはっはっはっ。とうっ!」


 あ、なんか聞き覚えのある声だ。しかも頭上から。

 ボクがなんとなく壁際から数歩下がると、さっきまでボクが立っていた場所の真横に黒い影が舞い降りた。

 身を屈めて着地をしたその影は、頭上にHPバーを出している。

 あれ? 以前よりHPバーの減りが少ない。前見たときは、残ってるHPバーが線にしか見えないほどだったけど。今は二割以上残ってる感じ。

 うわぁ。あれが『落下ダメージ減少』効果なんだぁ。HPが二割も残ってるのは凄いけど、凄いけど……凄く無駄だぁ。


 すっくと立ち上がった人物――もちろんセシルさん――は、乱れた髪を片手で軽くかき上げる。

 何故か周囲から黄色い声が聞こえてきた。

 うん、そうだね。

 パっと見はイケメンさんだもんね。

 でも、残念なイケメンだよ。物凄〜く残念だよ?


 そんな事を思っていると、セシルさんがボクの所にやって来て――


「ごきげんよう、わんコロ君。公式サイトを見たかね? あ、見てない。君って子はまったく。公式でね、襲撃イベントを行うという告知があったのだよ。君、暇だろ? 暇だよな? 私は暇だ。だからパーティー組め」

「あ、はい」


 こうしてボクは最終日の最後の瞬間まで彼とパーティーを組むことになった。

 坂本君も待たせてあるし、早く合流しなきゃ。


 セシルさんに坂本君――シグルド君の事を話して待ち合わせ場所へと向う。


「ぬ? なんだか殺意めいたものを感じるのだが?」

「殺意なんて実装されているんですか?」

「さぁ?」


 確かに、さっきまでボクに声を掛けていた人達の目が……セシルさんを見る目が凄く怖い。

 あと、周りの女子がボクを見る目も……。






「遅いっ!」

「ごめんっ。メッセージに気が付いたのが、八時一分前だったからっ」

「あと、毎度の事ながら男にナンパされていたのであろう」

「ちょっ。それ言わないでっ……て、やっぱり知ってて飛び降りてきたんですかっ」


 ニヤリと笑うセシルさん。

 ボクを助けてくれたんだろうか……いや、この人にとって飛び降りる事は日課みたいなものなんだろう。


「兄貴も一緒か。誘う手間が省けてよかったぜ」

「ん? 頭数に入れてくれていたのか。それは有り難い」

「支援職が二人いるのは心強いしな」

「私だけだと回復で手いっぱいになる事もありますし」

「ヒールに期待はしないように」

「「しません」」


 シグルド君とアンナさんの声がはもる。

 そりゃそうだよね。セシルさんのヒールなんて、もうゴミみたいなものだし。


「じゃあパーティー配るぜ。そっちでもうパーティー組んでたら崩して貰っていいか?」

「んむ。大丈夫だ。パーティーはまだ組んでいないからな」

「大丈夫だよ」


 ログアウト前に組んでいたセシルさんとのパーティーは、ログアウトした時点で自動解散されている。なので今はまだ未加入状態だ。

 シグルド君のパーティー申請に承諾すると、パーティー一覧にアンナさんとシグルド君、それと、見慣れない名前が二つあった。すぐにセシルさんも加わり、これで総勢六人のパーティーになる。


「えっと、シグルド君――」

「ん? あぁ『かっちゃん』と『マヨラー』の事か?」


 うんうんと頷く。

『マヨラー』って人、マヨネーズ好きなんだろうか……。


「『マヨラー』は他ゲーからの知り合いだ。前のゲームで同じギルドだったんだ」

「へぇ。じゃあ『かっちゃん』って人も?」

「まぁそうでもあるんだが、かっちゃんは――」

「俺だ、如月」

「へ?」


 突然背後から名前・・を呼ばれ振り向くと、セシルさんよりか少し小さい程度の、ボクにとっては長身な男の人が立っていた。

 茶色の髪と緑色の瞳を持つ、高校生ぐらいに見えるプレイヤーかな。


「俺だ俺」

「かっちゃん、それ俺俺詐欺だって。っていうか、本名で呼んでやるなよ」

「あぁ、そうだったな。悪かったな如月」

「だから……あぁ、マロン、こいつ加藤な」

「え、加藤……君」

「今はかっちゃんだ。よろしくな、如月」

「そんなん言っとって、かっちゃんがそっちの子の名前、本名で呼んどるやん」


 かっちゃんって、加藤君?

 シグルド君より大人びた印象に見える『かっちゃん』。

 そういえば……学校で見る加藤君って、口数が少なくって大人びて見えるかも。それに、身長も高かったし。


「よぉし。この六人で襲撃イベントを乗り切るぞー!」

「は〜い」

「うぃー」

「おけ」

「頑張りたまえ」

「セシルさんも頑張ってくださいっ」

「可愛い子ちゃんの頼みとあらば」

「ア、アンナっ。男は顔だけじゃないんだからなっ」

「なに意味不明な事言ってんのよシグルドってば」

「相変らずだな、坂本」

「お前、いい加減にキャラ名覚えろよっ」

「マロンちゃん、よろ〜」

「あ、あの。ボク、一応男なんです」

「え? 嘘んっ。ちょっとシグゥ、早く教えてよーっ」

「如月、どうせなら女装にチェックしとけばよかったのに」

「俺もそれには同意だ」

「女装か。じゅるり」


 もう皆でボクを弄るの止めてよっ。

 そこ! イケメンな顔して涎を流すなっ!


 なんだか少し不安なメンバーで襲撃イベントを迎える事になっちゃったなぁ。

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