第35話

 防御力が高くて倒すのに手こずる蟹モンスター、その名も単純な『川クラブ』。

 技能『拳強化』のレベルを一つ上げては川クラブを普通に殴って倒す。次にスキル『打』のレベルを一つあげては倒す。

 一匹ずつでしかダメージを確認できないのは面倒だなぁ。

 でも仕方ないか。戦闘中に技能やスキルのレベルを上げたりというシステム操作ができないんだから。

 けれどその甲斐あって、技能レベルを上げたりスキルレベルを上げる事での違いというのが良く解った。


「レベル一つ上げる程度だと、極端に強くはならないんですね」

「んむ。まぁレベルが10まで設定されているからな。レベル一つ上がるだけで急激に成長させては、レベル10までのバランスが崩壊してしまうだろう」

「まぁそうですよね。でも逆に言えば、レベルを一つ上げる程度じゃ意味ないから、上げるならちゃんと上げきってしまわないととも思うし」


 でも、このゲームの最大レベルが幾つかまだ判らない段階ではあるけど……。

 RPGだとレベル99が最大ってのが多い。もしこのゲームもそうだとしたら、貰えるポイントは99――じゃなくって98か。

 技能は最大で十個取れるわけで、全部の技能レベルを上げる為にはポイントが100必要になる。

 うん。ポイント、足りて無いね。

 どの技能を10まで上げるか、どれを諦めるか。考えなきゃなぁ。

 ここでちょっと気になったのが、セシルさんの技能レベルだ。


「あのぉ、セシルさんって、技能ポイントをどんな風に振ったんですか?」

「ん? 私かね?」


 こくこくと頷いて見せる。

 なんとなく、想像は出来ている。

 出来ているけど、まさかなぁ〜という気持ちもある。


「私は今までのポイントを全て一転集中で振っているぞ」

「そ、そうなんですか」


 やっぱり!?


「な、何に振っているんですか?」

「ん。『落下ダメージ減少』だが」

「やっぱりなんですかっ!? いったい何の役に立つっていうんです、その技能がっ」


 せめて『運上昇』とか、他にも有用なのがあっただろうに。なんでこの人ってばっ。


「何を言っているんだっ。この技能があればなぁ、高い所から飛び降りたときにダメージが減少されるんだぞっ! 飛び降りた直後に戦闘とかなったとき、僅かなダメージの差も明暗を分けることになるんだぞっ」

「寧ろ戦闘区域に飛び降りなきゃいいでしょっ」

「高い所から颯爽と登場するのがかっこいいんだろうっ!」

「なんですかっ。その一昔も二昔も前にあったような変身ヒーロー的な登場って」

「私はキカ○ダーが好きだっ」

「知りませんよボクはっ」


 はぁはぁ……な、なんて無駄な論争だろう。

 聞いたボクが馬鹿だった。

 いや、こういう人だってもう解ってたじゃないか。今更熱くなっても仕方が無い。体力の無駄だ。

 そのセシルさんは一人で「今度はギターにしようかなぁ」なんてぶつぶつ言っている。ギターでモンスターを殴り飛ばす気なのか……。






 あちこちふらふらしながら狩りを続け、時には無意味に山へと登ってみたり、草木を掻き分けお花畑を発見してみたり(セシルさんは花より団子を寄こせと叫びながらスルーしてしまったけど)、最後はボクたちよりレベルが10も高いモンスターが闊歩するエリアに入ってしまって死んでしまった。


「いやぁ、良いタイミングで死に戻りできたなぁ」

「死ぬのが良かったって……なんか嫌な表現ですね」

「そうか? 死ななかったら君、あそこから走って戻ってくるつもりだったのかね?」


 そう言われて考えてみる。

 あちこち歩きながら、しかも戦闘しながらだったけど、あのエリアまで行くのに数時間も掛かった。アクティブモンスターという、自発的に襲ってくるモンスターが徘徊するエリアも移動してたし、帰り道だって容赦なく襲われるだろう。


「えーっと……夕飯の時間までに戻れなかった、かも?」


 ボクがそう言うと、セシルさんはにこにこ顔で頷いた。


「死に戻り以外に町へ戻る手段が欲しいですねぇ」

「神官にその手のスキルは有るんだがね」

「え!? ちょ、だったらそれ使えばっ」

「取ってない」

「……えぇ〜」

「まぁそのうち取る予定だったが、クローズドではレベル不足で取れないな」


 レベルが上がらなければスキルポイントも貰えない。レベルの低いうちは戦闘補助スキルのほうが優先なんだろうな。

 技能は無茶苦茶なくせに、スキルはちゃんと取ってあるんだぁ。


 清算を終わらせ、お互い現実に戻ることにする。


「イベント、何も起きませんでしたね」

「んむ。まぁ夜だろうなぁ」

「夜ですか」

「ではディナーに行くとするか」

「ディナーなんですか?」

「んむ。暑いからな。今日は素麺だ」


 なんだか一気に現実に引き戻された気分だ。

 ログアウトするから――と言って、当たり前のように町を囲む壁に上って行くセシルさん。

 階段を上りきると、少し進んで座り込んだ。あそこでログアウトするのか・・・…あ、消えた。

 ボクは……とりあえず人の迷惑にならない壁際でログアウトしよう。


 視界にカウントダウンが現れ、ゼロになると意識が途絶え――たかと思ったらベッドの上だった。

 この感覚、まだ慣れないなぁ。

 瞬き一つした瞬間に、ファンタジーな世界から現実に、その逆然りだもん。


「っと、早くご飯食べてしまおう」


 イベントがあるっていうなら、最初から参加したい。

 そう思ってボクは急いでリビングへと向った。

 

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