第33話
ぱんぱかぱーん。
そんな音が聞こえてきそうなほど、ボクの体が光り、真っ白い羽根が舞い降りるという派手なエフェクトが表示される。
「ふぅ。レベル10達成っと。当たり前な事ですけど、レベルが上がれば上がるほど、次のレベルアップまでが遠くなってきましたね」
「んむ。至極当たり前な事だな」
だから当たり前ですけどって言ったじゃないですかっ。
穴から出て真面目にレベルアップに励むこと二時間ぐらいで、レベルを二つ上げる事に成功した。
きりよくレベル10だし、確か新しい技能も覚えられるはず。
「一度町に戻りませんか? 技能も取りたいですし」
「んむ、よかろう。私も芋を仕入れねばならぬしな」
「ボクもパンを買っておこう」
「ほむ。君は何故パン派なのだ?」
何故……と聞かれても。
他の回復食材は『ミルク』と『リンゴ』、それから『カボチャ』や『にんじん』というのもあった。いくつもある回復食材からパンを選んだのは、純粋に――
「声に出したとき、パンだと二文字で済みますし、連続で発音しやすかったからですよ。セシルさんもそういう理由で芋を選んだんでしょ?」
移動速度を上げる魔法を貰って、町へと走り出すボクたち。
まだこのあたりのレベル帯だと、アクティブモンスターってうのはいないらしく、出会うモンスター全てをスルーして走れる。
この魔法に慣れちゃった今、魔法無しでフィールド移動は辛そうだなぁ。
その魔法の使い手たるセシルさんは、走りながら芋について力説しはじめる。
「さつまいもはだなぁ、揚げてよし、炒めてよし、噴かしてよしな食材なのだぞ! しかも栄養だってたっぷりあるのだぞっ! 便秘にもいいのだぞっ!」
「いや、それ全部ゲームでは無関係な要素でしょ?」
「私は焼き芋が食べたいのだぁーっ! なのに昨今ときたら、石やきいもを売りに来るトラックで買おうとしたら、そんなに大きくもない焼き芋で七百円とかするんだぞっ」
「それ現実の話しじゃないですか……」
「もうここ三年も焼き芋は食ってないんだっ。ゲームの中ぐらいいいではないかっ」
「いや、別に誰も悪いなんて言ってませんし、そもそもあれは生のさつまいもであって――」
「焼き芋だっ!」
……えーっと、何の話しをしていたんだっけか。
そうそう、町に戻って新しい技能を取るんだった!
「次はどんな技能を取ろうかなぁ」
「あぁ、レベル10だからスロットルが拡張されたのか。何かネタ技能ないかなぁ」
ネタに走るんですか……。そういえば落下ダメージ減少とか、そういうの取ってるって言ってたっけ。やっぱり飛び降りるのが好きな人は必須技能なのかなぁ。
そんな事を思いながら走っていると、あっという間に町へと到着する。
北門から入ってそのまま西側にいくと、直ぐに技能を教えてくれるNPCがたむろってる場所だ。
職業ごとにお勧め技能を教えてくれるNPCもいて、たくさんのプレイヤーが話しを聞いたりしている。
「闘士お勧めの技能って……うーん、筋力、耐久、速度、拳に格闘、レベル5で取った蹴り。他に何があるかなぁ」
「ふむふむ。なかなか王道スタイルだね」
「あ、はい。……王道すぎるのも面白みが無いですかね?」
「へ? 何故そんな事を聞く」
「あ、いえ。その……ゲームなのに、本気出しすぎてかっこ悪いのかなと思って」
ゲームマスターさんも言っていた。
『ゲームを楽しんでくださいね』――と。
セシルさんのようなプレイスタイルも、ゲームを楽しんでいるからだとも。
今のボクみたいに王道技能しか取ってないままプレイして、楽しめるのかな…・・・。どうせならゲームなんだし、楽しみたいと思ってるんだけども。
それを彼に相談してみた。
「ほむ。なかなか面白い気の使い方をするもんだな。王道だろうが邪道だろうがネタだろうが、自分が良ければそれでいいのではないか?」
「そうなんですかねぇ。セシルさんだって変な技能だったり武器だったりして、楽しんでいるし」
「私は変なプレイスタイルをしてみたかっただけだ。何もゲームといえばこんなスタイルでずっとやってきたわけではないぞ」
「え? そうなんですか!?」
てっきり昔からこんな変態プレイしているのだとばかり思っていた。
この人が普通にプレイしている姿って……うーん、無理だ。想像できない。
どうしても高笑いしながらどこかから飛び降りている姿しか思い浮かばない。
「これでも以前は王道スタイルの支援職ばかりやっていたのだぞ」
と言って胸を張り、ドヤ顔をするセシルさん。
が、その表情はすぐに暗くなる。
「最初はな、やりたくて純ヒーラーになったはずなんだがな。気づいたら周りに指示されて、その通りのステやスキル構成にしたりで……」
あれは実に楽しくなかった……と小さく呟いた。
「王道でもいい。邪道でもいい。ネタに走ったっていい。ゲームを楽しむ為のプレイスタイルなんて無いのだから。肝心なのは、そのプレイスタイルを自分で決めたかどうかだ」
「自分で……」
「闘士に合う技能を自分で選んで、それを取ることに問題などない。そもそもオンラインゲームというのは、モンスターとの戦闘がメインコンテンツなのだからな。それを楽しむ為に王道スタイルを取るというのは、至極普通な選択だと思うぞ」
「そう、言われたら、確かにそう……ですね」
変な武器で戦うのも楽しみ方の一つ。
まっとうなスタイルで戦うのも楽しみ方の一つ。
高い所から飛び降りるのも……こっちは技能なんて関係なく飛び降りれるし。やっぱり、楽しむ為にどの技能を取るとか、関係ないんだな。
「第一、クローズドベータのキャラデータなんて、終わればリセットされるのだからな」
「全部ですか?」
「キャラメイクは引き継げるぞ。もちろんリセットもできるらしいが、その場合また名前の争奪戦がはじまるからなぁ……セシルなんてありがちな名前だから、リセットしたらもう二度と取れなさそうだ」
「あぁ、名前もリセットなんですかぁ……」
一瞬、それなら全リセットしようかなと思ったり。
もう少し男っぽい顔つきに作り直したいなぁ。欲張って身長を160センチにしようかなぁ。
「ほむ。私はこの技能にしようかな。使えるかどうか、検証してみたいし。使えればオープンでも取ってみよう」
「え? オープン?」
「んむ。オープンベータの事だ。一応はテストプレイ期間という名目だが、実質正式サービスと変わらんよ」
「検証かぁ。クローズドベータは今日までだし、いろいろ使って確かめてみるっていうのもいいですね」
よし、ならボクは『自然治癒向上』っていうのを取ってみよう。
HPの回復量をアップさせる効果だけど、回復アイテムの消費量が減るなら有り難いかも。
NPCに話しかけて技能を貰おう。
と思うのだけれど、NPCの周りには沢山の人がいて、なかなか話しかけづらい。
うーん、ちょっと待ってようかな。
そう思うボクを横目に、次ぎから次に人が集まってくる。
タ、タイミングが難しいな。
「技能くれ」
「技能技能」
「技能くーださい」
NPCの中の人、きっと忙しいんだろうなぁ。それなのに嫌な顔一つしないで働いてる。仕事熱心なんだなぁ。
「おい、わんコロ君。何をぼぉっとしているのだね?」
「あ、はい。いろんな人に一斉に話しかけられても、困ったりしないで一生懸命働いているNPCの中の人って凄いなぁと思って」
「は?」
首を傾げて不思議な生き物でも見るかのような目でボクを見つめるセシルさん。
ボク、何か変な事いいましたっけ?
ボクが首を傾げていると、あちこちから視線を感じた。
ボクの垂れ耳が周囲の声を拾うと――
「ちょ、あの子、NPCの中の人だって」
「うへぁ。超可愛い。なに、天然なのか? それとも純情天使ちゃん?」
「NPCを気に掛けるとか、マジ天使」
なんてのが聞こえてくる。
ぐぅ、またしても女の子と間違われてる。絶対間違われてるっ。
その上――
「うわぁ、ないわぁ。イケメンと一緒だからって可愛い子ぶっちゃって」
「キャラメイクが必死すぎ」
「エルフイケメンいいなぁ」
という女の子の声も聞こえてくる。
エロフのイケメンさんですが、差し上げますよ?
そのエロフさんは、鼻でボクを笑い飛ばすと、さっさと技能を貰いたまえと促す。
「特定キーワードに反応するタイプのNPCだ。別に個別対応している訳でなく、喋ればウィンドウが出てくるだけだから、気にするな」
と教えてくれる。
そうだった。このゲームのNPCって、別に人間らしい反応とかはなく、決まったパターンで行動するか、特定の言葉に反応してそれに合った動作をするだけだったんだ。
うーん、雑誌やネットの情報だと、ごく普通に人と会話しているような、そんな錯覚すら覚えるほどNPCの人工知能も優れてるみたいに書かれてるから、そのイメージしか持ってなかったボクにはいまいち慣れないなぁ。
慣れなくても慣れるしかないんだけども。
えーっと……
「ぎ、技能ください」
そう言うと、NPCは一瞬たりとも反応することなく、ボクの視界に可視化されたウィンドウが出てきた。
ウィンドウには技能一覧が表示されていて、一つを選択すると『これでよろしいですか?』という確認メッセージが出てくる。
OKボタンを押して技能取得完了だ。
うーん、呆気ない。
「と、取りました」
早くここから離れて周囲の視線からも逃げたい。
セシルさんの所行って、清算をしようと促してみると、今度は彼がぼぉっとしていた。
「あの、セシルさん?」
「……ふひ」
「あの……」
「未実装だった」
「みじっそう?」
宙を見つめるセシルさんの顔は引き攣っている。
「取った技能効果が未実装だったぁーっ!」
こういうとき、なんて言えばいいのだろうか。
ボクはまだ、知らない。
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