第31話

 クローズドベータテスト三日目。

 日曜日だというのもあって、朝から解放されたワールドには沢山の人がログインしていた。

 ログインして暫くするとセシルさんからメッセージが届く。


『cβ最終日だからきっと何かイベントが開催されると思うぞ』


 という短いメッセージだ。

 イベント……何があるんだろう。何があるか解らないけど、せっかくだし参加したいな。

 可視化されたメッセージウィンドウを見つめながら首を傾げていると、後ろから声を掛けられた。


「ねぇ君。クローズドベータ最終日記念イベントを開催するんだけど、参加してみないか?」

「え? イベントですか!? あ、はいっ。参加します」

「よかったよー。これで盛り上がるぞ〜」


 男の人に案内されていった場所は、町の西側にある大きな公園だった。

 さすがに滑り台やブランコとかは無いけど、なんかステージみたいなのがみえるなぁ。あそこでやるのかな。


「じゃあ、ここに名前と職業、あとチャームポイントとか、キャラメイクで拘ったところとかあれば書いてよ」

「え……あ、はい」


 キャラメイクで拘ったところ?

 渡された紙は手書きっぽい感じなのは、ゲーム内にコピー機やプリンターが存在しないからかな。

 えーっと……。


 ……。


 ボクは、参加するイベントを間違えたようだ。

 紙の一番上に書かれていたのは――


【Dioterre Fantasy Onlineアイドル選手権】


 だった。






 脱兎のごとく公園から逃げ出したボクは、そのまま一人でフィールドにやってきた。

 といっても、同じエリアにセシルさんがいるのが解っている。フレンド一覧を見れば一目瞭然だから。

 どこかでバッタリ出会ったりしないかなぁ……なんて、心の隅で期待しつつ、また変な事に巻き込まれるんじゃないだろうかという不安も抱きつつ、適性レベルのモンスターが生息する場所まで進んできた。

 うーん、移動速度の魔法が無いと、フィールドの移動も凄く面倒くさいなぁ。

 何か乗り物とか……空飛ぶ船とか気球とかあればいいのになぁ。


 やっと適性狩場に到着して適当に狩りをしていると、近くで回復アイテム名を連呼する声が聞こえてきた。


「いもいもいもいもいもいも。これは焼き芋だぞいもいもいもいも」


 焼き芋という事にしたいらしい。

 その声の主は、右手に鈍器、左手に竪琴を持ったイケメンエルフだった。


「セシルさん。芋ってどう見ても生のサツマイモですよ」

「ん? わんコロ君ではないか」


 獲物を倒し終えたセシルさんは、今度はゴミほどのヒールを自分に掛けてHPを全快にする。

 うん。相変らずINTは1のままみたいだ。


「生のサツマイモを馬鹿食いしているより、焼き芋の馬鹿食いのほうが気持ち的に満たされるだろうっ」

「いや、焼き芋だって馬鹿食いするようなものじゃないと思いますけど」

「ミルクの馬鹿食い――じゃなくて飲みだと、想像しただけで腹を下しそうじゃないか!」

「どの食材でもあれだけ連打してたらお腹壊しますよ」

「んむ。正論だ」


 まぁこの理論だと、例えポーションでも飲みすぎたらお腹を壊しそうって事になるんだけど。

 やっぱり回復量なのかなぁ。マックスHPに対して回復する量が少なすぎるから、連打しざるをえないんだけど。


「あ、ところでメッセージにあったイベントって、何なんですか?」

「ん? さぁ?」

「え、さぁって……」

「大抵の新作MMOだと、クローズドベータ最終日にイベントがあったりするからな。これでもあると思うぞってだけだ」

「そうなんですか……。他のMMOだとどんなイベントが?」

「んー……」


 巨大モンスターの襲撃。

 マスコット的なモンスターの大量発生。

 GMが登場しての雑談。


 こんなものだ――とセシルさんは教えてくれた。

 マスコット……ポヨンとかポヨリンかな。あれが超巨大化して襲ってきたら……。

 えっと、プレイヤー皆が丸呑みされて、世界はお終いになりそうだな。


 身震いしながら歩いていると、突然ボクの足元が無くなった。

 無くなったので、当然の事ながら落ちる。


「え? ええぇぇぇ!?」

「ぉーぃっ」


 真っ暗闇の中に落ちてしまったボクの頭上から、セシルさんの声が小さく聞こえる。

 見上げると、ボクは穴のような所に落ちていて、穴の縁にセシルさんの顔が見えた。


「大丈夫か〜?」

「は、はい〜。大丈夫で〜す。でも――」


 ボクの視界が赤く点滅している。HPがレッドゾーンに入ったための警告色だ。

 これって、落ちたことによる落下ダメージ?

 あたりをキョロキョロしても真っ暗で何も見えない。


「よぉし、今行くぞぉ〜っ」


 は?

 今行く?

 ってまさか!?

 もう一度見上げると、時既に遅しであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る