第20話
「リンゴリンゴリンゴリンゴリンゴリンゴリン」
「パンパンパンパンパンパンパンパン」
「ミルクミルクミウルミルクミルぐべっ」
五輪? ミルク? 最後は噛んだ?
なんだろう。
辺りで戦闘をする人から、妙な呪文のようなものが聞こえてくる。
まさか……他の職業のスキルにどんなのがあるか解らないけど、食べ物名のスキルがあるっていうの?
闘士だって『だ』の一言で済んじゃうスキルだし、食べ物の名前がスキル名なんてことも、有り得……る?
「どうしたんだ、きさ――マロン?」
「へ? あ、いや……なんでもないよ。カマウッドはあっちの方だったはずだよ」
「そのカマウッドって強いの?」
「えーっと、レベル7でした」
「じゃあ三人居れば余裕よね。それとマロン君、敬語じゃなくていいわよ。友達になったんだし、ね?」
「え……あ、はいっ」
友達……オンラインゲームで友達できちゃった!
嬉しいけど、坂本君の事を考えると複雑だ。絶対彼、アンナさんに頭装備プレゼントしたくて、ボクに情報を聞いてきたんだろうし。つまり、恋してるんだよね?
アンナさんは色白でふわりとした黒髪を肩で揃え、くりっとした緋色の目のとても可愛らしい感じの人だ。
それになんといっても、優しそうだ。
坂本君は常にアンナさんの前を走っていた。襲ってくるモンスターは居ないけど、彼女を守るような感じの位置をキープしている。
ふふ、なんだか学校で見る坂本君と、ちょっと印象が違うな。
学校ではヤンチャそうな男の子って印象だけど。
大丈夫だよ坂本君。
ボク、君の事を応援するからっ!
でもボクの勘違いだったらいけないから、心の中だけで応援しておこう。
「あっ、カマウッドってあれじゃね?」
坂本君――シグルド君の弾むような声が聞こえ、彼の指差す方角に目をやると、コンパクトを持ったやたら化粧の濃い切り株が見えた。
うわぁ……待機中のカマウッドって、化粧直しとかしてたんだ……変なところでリアリティのある行動させてるんだなぁ。
ただ、オカマの、しかもモンスターにそんな事させなくってもいいだろうに。
「マロン君……アレなの?」
「う、うん。言いたいことはなんとなく想像できるけど、アレからドロップしたんです――だよ」
「な、なんかケバくねえか?」
「さ――シグルド君。カマウッドの名前の意味をよく考えてみて」
三人してカマウッドを遠巻きに見ている。なんとなく今は、あれに近寄りたくない。
シグルド君がうーんと唸りながら腕組みをし、やがて悟ったかのように目を見開く。
「おカマウッド。オカマな木!」
「切り株だけどね」
シグルド君が大きな声で叫ぶと、その声に反応したカマウッドがこちらを睨みつけてきた。
あれ? カマウッドってアクティブモンスターだっけ?
いや、違うみたい。
睨むだけで攻撃はしてこない。
ゲームのシステムに囚われてるけど、絶対シグルド君に怒りの炎を燃やしているはずだ。
「シグルド君の事、すっごい目で睨んでるよ」
「ぅぉおぉ。なんか背筋に悪寒が」
「シグルド、がんばっ」
「おう! 行くぜぇー」
あぁ、単純だ。アンナさんに応援された途端、元気にカマウッドに突撃していっちゃった。
シグルド君は剣士。
右手に剣を、左手に盾を持った王道スタイルだね。防御力もありそうだし、頼りになりそうだ。
ボクもシグルド君とは反対の位置からカマウッドを攻撃。
枝をうねらせる攻撃も、シグルド君は盾でキッチリとガード。
上手いなぁ。
攻撃をしたのはボクとシグルド君だけだけど、苦もなく倒すことが出来た。
「どうだ、アンナ」
「うーん……さすがに一匹でドロップなんて無理よ」
「そうか……じゃあ次!」
「うん、行こう」
「はいっ」
次のカマウッドを探して辺りに視線を送ったときだった。
「いもいもいもいもいもいもいもいもいもいもっ」
今度はいもだった。
「いもいもいもいもいもいもいもいもいもっ」
いもを連呼する声が林に響き渡る。
ボクの脳裏には夢中になって、いや、狂ったように芋掘りをする――エロフの姿が浮かんだ。
だってこの声、聞き覚えがありすぎるんだもん。
「シグルド君……ちょ、ちょっといいかな?」
「ん? どうした」
「その、知ってる人が居るかもしれないんだ」
「それって、電話で話してた変態エルフの事か?」
「う、うん」
シグルド君は途端に嬉しそうな顔になる。よっぽど気になってるみたいだなぁ。
事情の知らないアンナさんがきょとんとした顔でボクたちを見た。
「ちょっと、変わった人なんで――だ」
「そ、そうなんだ。その変わった人って、いもいも言ってる人?」
ボクは頷いてから声が聞こえた方向に向う。
何本かの大きな木が生えている、その後ろに行くと――
「いもいもいもいもいもいもっ」
いも連呼の主がいた。
金と銀の中間色のような、サラッサラで綺麗な髪を振り乱し、端麗な顔は微笑んでいるようにも見える。
特徴的な長い耳。
右手の鈍器。
左手の竪琴――あ、新調したんだ。
「あれがお前の言ってた知り合いか?」
「あー……うん」
「凄い戦闘スタイル……ね」
「うん……」
三人揃って変態エロフさん――セシルさんの戦う姿を呆然と見つめる。
あ、切り株のクリーンヒットだ。
うわぁ、HPが一気に四割ぐらい削れてるよぉ。
「いもいもいもいもいもいもいもいもっ」
あれ?
いもスキル?
いや、凄い勢いでHPが回復していってる!?
いもって回復アイテムだったの?
「な、なぁマロン。お前の知り合いとパーティー組んでて、女専用装備が出たんだろ? あの人、男だよな?」
「え? そうだけど」
「ドロップ拾ったのはお前なのか?」
「違うよ。セシルさんだよ」
カマウッドを倒し終えたセシルさんは、まるで「良い汗を掻いたな」と言わんばかりな仕草で微笑んでいる。
相変らずシュールな光景だなぁ。
「うーん、そうなのか。女専用の装備って、定番だと女プレイヤーに……まぁクローズドだし、不具合かな?」
「え? 何か言ったかい?」
「あ、いやなんでもない。なんかソロだとあの人厳しそうだな。誘うか?」
「え、いいの?」
シグルド君にではなく、アンナさんの顔を見る。
「おい、こっち見れよ」
「いいと思うよ。人が多いほうが楽しいもの」
「ありがとうアンナさん」
「提案したのは俺だって。俺に言えよ」
「だっと主導権握ってるのはアンナさんっぽかったし」
「ちょっ」
「うふふ。マロン君って案外鋭いのねぇ」
「否定しないの? しないのアンナ?」
「しませ〜ん」
普通に仲いいじゃないか。応援する必要もないかも?
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