第19話

 ログインして早々、ボクは自分のHPを確かめた。

 減ってない。ふぅ、よかった。


 ボクに向って壁の上から飛び降りてきた変態エロフことセシルさん。

 思い出したら……ちょっと笑えてきた。

 楽しそうな満面の笑みを浮かべ、ボクに接近してきた彼は、衝突直前に姿を消した。


「衝突タイミングを見計らってログアウト操作してたなんて……。なんて人だ」


 システムメニューからログアウトを選ぶと、十秒後にゲームから退場する。キャンセルも可能だ。

 五メートルの壁からの落下なんて一瞬だ。もしかして、衝突する気満々だったのかもしれない。

 あの人なら有り得る。


「ぶつかってたらどうなってたんだろう……」


 落下によるダメージでプレイヤーは死なないと言っていた。じゃあ、落下物によるダメージでは?

 ぶるぶる。考えるのは止そう。今は坂本君と合流しなきゃ。

 もうログインしてきてるかなぁ。


 ゲーム内の時刻は六時直前。空はそこそこ明るいけど、まだ東を見ても太陽は昇っていない。日の出直後かな。

 このぐらい明るければ、人も探しやすいだろうな。


 北門の内側、つまり町中のほうだよね。

 壁際を右手にそって歩いていく。壁のすぐ内側にも建物があるから、壁と建物との間を抜けていく感じだな。

 なんだか他人の敷地を無断で歩いているようで、なんだか罪悪感が……。


 五十メートル程進むと、建物と建物との間に一軒分の空き地があった。そこに幾つかのベンチがあって、そのほとんどに人が座っていた。

 えーっと、坂本君は青い髪でツンツンって言ってたっけ。

 あ、それっぽい人が座るベンチ発見。隣には銀髪の人が座ってるな。あの人が他のゲームで知り合ったっていうお友達かな?


 でもどうしよう。どうやって声を掛けよう。坂本君のキャラ名聞き忘れたし、まさか『坂本君』って呼ぶ訳にもいかないし。

 坂本君はボクの名前知ってる訳だから、わざとらしくあのベンチの前を横切るかな。

 よ、ようし。


 鼻歌交じりにベントの前を通ってみる。

 すうと、直ぐに反応があった。


「お、きさ――マロンか?」

「やった。やっぱりさか――えっと、キャラ名は?」

「そういや言い忘れてた」

「もう。シグルドってばおっちょこちょいなんだからぁ」


 坂本君の隣に座っていた銀髪の人――お、女の子だ!?

 えぇー。他のゲームで知り合ったって、女の子と知り合ったってこと?

 えぇー。じゃあこれから一緒にレベリングって……二人の邪魔しちゃうんじゃ……。


「お、おっちょこちょいじゃないよ。な、マロン。今アンナが言ったから解ってるだろうけど、俺の名前はシグルドだ。で、こっちがアンナ」

「よろしくお願いします。マロン……くんでいいの?」


 後半は小さな声で疑問系になっていた。

 坂本君――シグルド君が笑っている。


「な? 性別不肖だろ?」

「もう、そんな風に言ったらダメよ。ね?」


 アンナさんがボクを見る。まったくその通りだ。

 ボクだってそれなりに気にしているんだ。性別不肖なんて言われたくない。


「マロンです。この名前は飼い犬の名前なんですけど……ちょっとした手違いでこれに決定しちゃいまして。えっと、君でお願いします。れっきとしたですから」

「男を強調したな」


 するよっ。

 もう一度アンナさんが「よろしくね」と挨拶をしてくれるので、ボクも習って頭を下げながらよろしくと返す。


「じゃあ、さっそく行くか」

「待って待って。マロン君のレベルを聞かなきゃ」

「あ、そうだった。マロン、お前今何レベルだ?」

「5だよ」

「お、じゃあ技能スロット解放されてるじゃん。何か取ったか?」

「え? あ、そう言えば」


 レベル5毎にスロットが一ずつ貰えるってチュートリアルで教えられたっけ。

 技能、どこで取れるんだろう。坂本君は知ってるのかな?


「知ってる知ってる。この町の中に居るNPCからだぜ。お前、闘士だろ?」

「うん。今ボクが持ってる技能は、『筋力強化』『肉体強化』『速度強化』『拳強化』『格闘術』だよ」

「おお。鉄板だな。じゃああとあったら便利そうなのは、蹴りとかクリティカルとかかな」

「蹴り?」

「おう。普通にモンスターを蹴り飛ばしてもダメージを与えられねえんだ。でもこの技能持ってると、蹴りもダメージになる。闘士っていうぐらいだし、蹴りスキルもあると思うんだ。蹴り攻撃のダメージ上昇もあるから、持ってると便利じゃね?」

「へぇ。技能を持ってないとダメージにならないのか。なんだか不思議だね」


 でもまさしく闘士向けの技能だ。取ってみよう。


 早速シグルド君とアンナさんに案内されて、技能を取らせてくれるNPCの所へと向った。






「よし。技能修得完了。選択するだけで取れるって、楽でいいね」

「だな」

「でも生産系技能はそうもいかないみたい。それ専用のNPCの所にいって、ちゃんとサブウェポンもそれ用にセットして行って、更にそこからクエストをクリアしないといけないってwikiにあったわよ」

「大丈夫。俺は生産しねーから!」

「あはは。ボクも今は冒険のほうがいいや」

「ん〜。私も♪」


 こうしてボクたち三人は再び北門へと向かい、そこからカマウッドの居た林を目指した。


「『スピードアップ』」

「その魔法……アンナさんって神官なの?」

「うん。純ヒーラー予定よ」

「そうなんだ」


 純かぁ。あの人は純どころか、準もでないよなぁ。


 二人のレベルは6。ボクより一つ高い。でもシグルド君曰く、パーティーを組む分にはまったく支障のないレベル差だって。

 足手纏いにならないよう、頑張らなきゃ。

 途中のモンスターはボクらにとっては格下になる。向こうから襲ってこないモンスターなので、全部無視して突っ走った。

 やがて林が見えてくる。


 入ってすぐはポヨリンのエリアで、少し行くと兎エリア。カマウッドは更にその先だ。


「俺たちは北門を出て東のほうに行ったけど、お前は北西に行ったんだな」

「なんとなく人の少ない場所を目指したら、ここだったんだ」

「でも、もうここも人がいっぱいね」


 そう。さっきは全然人の姿を見なかったのに、今じゃそこかしこで戦闘中の人が……。

 カマウッドのところも人だらけだろうか。そうじゃなきゃいいんだけどなぁ。

 そう思っていると――


「ミルクミルクミルクミルクミルク」


 そう叫ぶ声が聞こえた。

 な、何、今の?

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