第16話
「あ……」
リプロの町の壁の上で、ボクはこれ以上の言葉を口に出来なかった。
「ふぅ。間に合ったな」
間に合った。
セシルさんの言う間に合ったとは、夕暮れの事のようだ。
これを見る為にモンスターを全無視して、全力で走っていたのか。
町の西側の壁に立つと、ずっと遠くに海が見える。その海に今、太陽が沈もうとしているのだ。
しかもこの世界――ゲーム内の太陽には、直ぐ後ろに小さな惑星が見えていて、まるで双子の太陽のように見えた。
海の色は青からオレンジ、そして紅に染まっていく。
それは空も同様だ。
太陽のほとんどが海に沈むと、段々と空の色は紺色に変化していった。
「本物……いや、それ以上に綺麗ですね」
「んむ。VRゲームの醍醐味だな」
この人が高い所を好むのは、こういった景色が見れるからだろうか。
他にももっと凄いところがあるのかな。
もっと綺麗な所や幻想的な景色が見れるなら……ボクも高い所を探してみようかな。
やがて空が暗くなると、ようやくボクらは壁を降りて町の中へと入っていった。
ただ……
「なんで飛び降りるんですか!?」
「死なないのだぞ! 飛び降りねば損だろうっ」
「思いっきりダメージ受けてるじゃないですか!」
「ダメージはあっても死んではいないだろうっ」
飛び降りたこの人を追って慌てて階段を駆け下りると、頭上にHPバーを表示させていた。
景色とかそういうの以前に、飛び降りるのが好きなだけだったり……。
町の北門から少し行った所に、アイテムの買取をしているNPCが居た。
お店を構えている訳でもなく、やや大きめの屋台で商いをしているおじさんだ。
「買取商人っていうと、お店でやってそうなんですけどね」
「そういうゲームが多いな。だが私は屋台方式で正解だと思うぞ」
「どうしてですか?」
拾ったアイテムをまず整理して、欲しい装備品があればお互いに使う――という事でまずは装備品の確認をしている。
セシルさんが拾った装備品を取引画面で見せてもらい、レベル5の靴と上下の服とを貰った。
その間にもセシルさんが『正解』だとする訳を話す。
「周りには同じように清算に訪れているプレイヤーが沢山いるだろう」
「そうですね。ボクらのようにパーティーだったり、一人で来てる人だったり」
「ここが店内だと想定してみろ」
ここが店内……屋台のおじさんの周りには、数十人もの人が集まっている。今現在も、次から次へと集まってきている。
清算し終えて仲間内でお金を分配している風な人もいるし、そのまま雑談している人達も。
きっと店内は賑やかなんだろうな。
そして――
「大混雑ですね」
「だろう。オープン広場で正解だと思うぞ」
そういう事なら、確かに正解かも。
整理し終えたアイテムをNPCのおじさんの所に持っていく。
ゲーム初心者だから勉強の為だと言われ、清算はボクに任されてしまった。
何人もの人に囲まれたおじさんに、どのタイミングで話しかけるべきか……。忙しいだろうし、ちょっと待つかな。
そんなボクにはお構いなしに、多くの人がどんどんおじさんに話しかけている。
おじさん、まるで聖徳太子だな。あんな大人数と同時に会話できるなんて。
あれ?
おじさん、会話してない?
ただ定期的に、
『アイテムの買取やっているよー』
と喋っているだけだ。
も、もしかして冒険者ギルドのスタッフさんみたいに、決められたセリフしか喋らないタイプ?
そ、そうなのかな?
おろおろしていると、突然肩を叩かれた。
「はっはっは。やっぱりこうなったか。NPCはプレイヤーに対して個別に対応している訳ではない。買取を要望する発言をすれば、勝手に取引画面が表示される仕様だ」
「え? セ、セシルさん。知ってたんですか?」
「んむ。君と町で再会する前にな。壁の上から話しかけられるか試したんだ」
「か、壁の上……それで、出来ちゃったんですね」
「出来た。いやぁ、混雑を避けられるから快適だぞぉ」
壁の上からどうやってアイテムをおじさんに渡すのだろうか。
そのあたりはゲームなんだから、深く考えたら負けなんだろうな。
「おじさん、アイテムの買取お願いします」
そう話しかけるとセシルさんの言う通り、おじさんの返事も無いまま取引画面が現れた。
素材と書かれたアイテムも「何に使うか解らないし、生産職をする気が無いなら今は売ってしまえ」というセシルさんの言葉もあって、どんどん取引画面に乗せていく。
一度換金してから、次はセシルさんが持っている装備を受け取って再びおじさんに話しかける。
いっぱい出ているなぁ。
あれ?
頭装備なんて出てたんだ。
木の実の簪?
もしかしてカマウッドから出たんじゃ。
たった一匹しか倒してないのに装備品のドロップとか、この人のドロップ運はどれだけ良いんだろう。
「頭装備も出てたんですね。そういえばこのゲームって、頭装備は初期装備にありませんが」
「まぁそういうゲームは多いよ。頭装備は性能より、見た目重視ってね」
「そうなんですか。それで簪かぁ。あ、これ女性専用って書いてある」
「はっ。しまっ……」
急に口を閉ざしてしまうセシルさん。
何かあったのだろうか?
「あ、もしかして……」
「ぐっ……」
視線を逸らそうとする彼。
うん、やっぱりそうだ。
「誰かにプレゼントするつもりだったんですね? じゃあ、これは売らずに取っておきますよ」
「え? ……えーっと……そ、そうなのだ。全国二十万人の可愛い子ちゃんに贈ろうと思ってだね」
二十万……また増えてるし。
だいたい二十万個もドロップする訳ないでしょう。
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