第4話

 飛行船を見送った後、まっすぐ町へと向う――のではなく、周りの景色に見惚れていた。

 離着陸場周辺は草原になっていて、その向こうには森や山も見える。町は反対側に見えてて、かなり高い壁に囲まれているみたいだなぁ。

 キャラがアニメーション処理されているから、もっと絵の具で塗ったような景色なのかなぁと思ったけど、まったくそんな事はない。

 足元の草だって、一本一本細かく描かれてるし、少し遠くに見える木だって本物っぽい。

 それに――


 草原を抜ける風が頬にあたって気持ち良い。

 飛行船に乗ってたときもそうだけど、風とかってどうして肌で感じれるんだろう。だってこれはゲームなんだよ?

 VRって、ほんと凄いんだなぁ。

 草に触れば触感がある。寝転んでみたら、案外気持ちよかった。

 さわさわと揺れる草を肌で感じ、つい嬉しくなってあちこちごろごろ転がってみた。

 あ、転がっても服が汚れたりしないんだ。これは嬉しいな。

 草を触ってると汁がついたりして、ベトベトするんだよね。でもそういうのが無いから、安心して触れる。

 こういうのはゲームの利点なんだろうなぁ。


 はっ!?

 な、なんだろう。誰かの視線を感じる。


 ふと周囲を見渡すと、結構な数の人がいた。

 あ、飛行船が次から次に離着陸してるのか。他のプレイヤーを乗せてきたんだろうな。

 ボクの後から到着した人達にガン見されていたようだ。

 恥ずかしい……。早く町に行こう。


 景色を見ながら横道に逸れてしまったからか、町には到着したものの、入り口からは少し遠くなってしまった。

 壁伝いに歩いて入り口の近くまでやってきたとき、


「ねぇ、そこの犬の彼女。もしかしてVR初心者じゃないかい?」


 と後ろから声を掛けられた。

 いやでも、ボク『彼女』じゃないし……。やっぱり間違われたのか。くそう。


「あの、えっと……VRは初心者ですが、その、彼女ってのは……」

「やっぱ初心者なんだ。いやぁ、さっき草に触ってみたり寝転んだりしてたから、もしかしてと思ったんだ。よかったら俺がいろいろ教えてあげようか? あ、俺VR歴はもう八年なんだぜ」

「はぁ……」

「手取り足取り、優しく教えてあげるからさ」

「て、手取り足取り……」


 ぞくり。

 な、なんか背中に悪寒が……。

 この人、ボクが男だっての解ってないみたいだけど、万が一にもボクが女の子だったとして、何かするつもりなんじゃ?

 嫌だ。気持ち悪い。


「まずは戦闘だ。職業は何にしたんだい? 俺は剣士さ。可愛い君を守ってあげられるよ」

「け、結構です」

「そう言わずにさぁ。行こうよ。あっち。ほら、人の少ない場所のほうがモンスターも狩りやすいぜ。他にもいろいろ楽しい事もできちゃうよ。例えば――」


 そう言って彼はボクの腰に手を回す。

 ひぃっ! やっぱりこの人、変な事する気満々だ!

 に、逃げなきゃ。


「ボ、ボクは一人で結構ですから」

「ボク? いやぁ、ボクっ娘か。いいねいいねぇ」

「止めてくださいっ」

「むーりー」


 彼はボクの進路を邪魔するように壁ドンし、反対側には足を付いて逃げ場を塞いだ。

 うぅ、どうしよう。こういう時どうすればいいんだろう?


「なぁ、せっかくの初VRなんだし、いろいろ体験しようぜ。な?」


 そう言うと、彼は体を密着させてきた。

 うぎゃあぁぁっ。


「うぅぅぅぅ」

「そう唸るなって、可愛い子ち――」

「はーっはっはっはっは」


 突然頭上から高笑いが聞こえてきた。

 ボクと目の前の男は同時に上を見上げる。

 高い壁の頂上に立つ人影。太陽を背にして立っているようで、シルエットしか解らない。

 そのシルエットが空を指差す。


「はーっはっはっはっは。全国一万人の子猫ちゃんの味方。愛と正義の使者、変態エロフ参上!」


 うわぁっ、また変なのが出て来ちゃったよぉ。自分で変態とか自己紹介しちゃってるし……。

 なんだっけか……なんとかと煙は高い所が好きだっていう。まさにアレかな?

 ボクが呆気に取られている横で、声を掛けてきた人も口をあんぐり開けて上を見ていた。

 そんなボクらの前――いや上で、


「とうっ!」


 とか言いながら飛び降りちゃったよあの人!?

 ははははははっとか笑いながら、楽しそうに飛び降りて来ちゃったよっ。

 シュタっとかろやかに着地すると、その人の頭上に横に細長いバーが現れた。バーの左端に赤い線みたいなのが見えるけど、それ以外の部分は真っ黒だ。。

 あれって、HPバーだよね。つまりダメージ受けてるってことだよね。しかも瀕死だよね。

 そうか。高所から落下、もしくは飛び降りるとダメージ受けるんだ。


 って、なんでダメージ受けるような所から登場してんの!?


「な、なんだよてめぇ。かっこつけて出て来た割りに、ダメージ食らって瀕死じゃねえか」


 そうそう。瀕死だよね。


「ふ……。そこに高所がある限り、登るのが開発者への礼儀を言うものだろう!」


 そう言って彼はにこやかに微笑んだ。

 その顔はとても綺麗で、男なんだろうけど男には見えず、だからといって女性かと言えばそうにも見えず、性別とか関係なしに綺麗な顔立ちをした、完璧なイケメンだった。

 しかも種族はエルフ。その美しさは際立っている。

 なのに……なのになんでこんなに残念な感じがするんだろうか。

 ボクの思いなんてお構い無しにそのエルフは喋り続ける。


「それに、落下ダメージはあっても落下による死亡は無いのだ。飛び降りなければ損だろう」

「「はぁ?」」


 ボクと隣の人とで声がハモってしまった。

 死なないから飛び降りないと損って……意味解りませんけど?


「変態かよ。ったく、なぁ、こんなの放っておいてあっちに行こうぜ」

「え? い、いや、あの……」


 それも嫌なんですけど?

 振りほどこうとした彼の腕を、別の腕が伸びてきて掴んだ。

 その腕はやけに細く、そして白い。


「チッチッチ。子猫ちゃんが嫌がっているだろう? こういうのを迷惑行為というのだよ君」

「あぁ? 別に嫌がってねえだろ、この糞エルフ。随分とキャラメイクを凝ったみてえだなぁ。リアルはよっぽどのブサイクなんだろ?」


 いちいちジェスチャーもかっこつけてるエルフに、声を掛けてきた方が突っかかる。

 ま、まさか喧嘩になっちゃう? 殴り合いの喧嘩とかだったら――絶対エルフの人は負けちゃうぞ。だってあんな細い腕なんだもん。

 ボ、ボクのせいで……。


「だいたい男でエルフ選ぶ奴なんて、リアルで勝負できないブサイクかナルシストかの二択なんだよ。どうせてめぇは後者だろ? あぁ?」

「さぁ?」

「くっ。すましてんじゃねえぞっ。ボコるぞ」

「いやぁ、それは無理なんじゃないかなぁ? PKは未実装だしぃ」

「あぁ? リアルでボコるつってんだよ! てめぇどこ住みだ? 行ってボッコボコにしてやるよっ」


 ひっ。リアルで殴り合いする気なんだ。

 ど、どうするんだろう、このエルフさん。

 ボクに出来る事……そうだ。警察に――


 その時、ボクの後ろでふわっと風が吹いた。

 なんだろうと思って後ろを見てみると、白を基調とした全身を鎧に包んだ男の人が立っていた。

 この人も、プレイヤーなのかな?

 男の人はボクに気づくと、人差し指を口元に当てて「静かに」というような合図を送ってきた。

 エルフの人の知り合い、なんだろうか。

 でも、まだクローズドベータが始まったばかりなのに、あんな鎧を着ているなんて。

 他の人は皆、種族や性別で多少の違いはあるけれど、どれも質素な服だってのに。

 いいなぁ、かっこいい鎧。

 でも一つだけ不釣合いなものがある。

 頭の上にB5ぐらいの看板が――突き刺さっている事。

 その看板には『GM』というアルファベットが赤文字で書かれていた。

『GM』……なんだっけかなぁ。どこかで見たんだけど……。

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