第3話

《当船はまもなく、目的地『リプラ』へと到着いたします》


 VRヘッドギアを付けベッドに横たわり電源ボタンを押してログインすると――そこは空の上だった。

 ウォンウォンという機械音が響き、同時に女の人のアナウンスが聞こえた。

 意識がはっきりしてきたのであたりを見渡すと、驚く事に沢山の人がそこにはいた。

 そこ――というのは――


「えーっと、ここって船の上?」


 当船、なんてアナウンスあったし、足元は木で出来た甲板っぽいし、ここは船なんだろう。

 とは思うものの、海は見えない。

 見えるのは青い空と白い雲。ついでに頭上には楕円形の布がみえる。


「あぁ、これって飛行船なんだ」


 楕円形の布は空気が入っているところだな。左右に羽みたいなのがあって、それぞれにプロペラが付いている。

 飛行技術のあるファンタジーっていう設定なのかぁ。

 そういえば公式サイトのイラストにも、飛行船の絵があったっけか。


 それで、ここにいる人たちは皆プレイヤーなのかな?

 皆きょろきょろして落ち着きが無い。

 でも……皆楽しそうな顔をしている。それを見たボクの胸も高鳴った。


 これから冒険が始まるんだ――と。

 この身長155センチのボクで。


《ご搭乗の皆様にお知らせいたします。ただいま強風が吹いておりますので、若干船が揺れる恐れがございます。船内に入られるか、もしくは船の縁には近寄らないようお願いいたします》


 乱気流って奴かな?

 でもそんなに高度は高くなさそうだし……あ、風が出てきた。船内に行こうかなぁ――

 そう思ったときだった。


「はーっはっはっはっは。私はぁ〜、自由だぁ〜っ」


 船の縁に立つ・・人影を見た。

 金と銀の中間のような色のサラッサラな髪の毛は、風に煽られそれ自体が生き物のように舞っている。

 その髪の隙間から見えるのは、長−い耳。種族はエルフだね。

 顔は――後ろを向いているので解らない。

 ただその声は凛としていて、エルフのイメージにはあっていると思う。思うけど――


「はーっはっはっはっは。自由って、素晴らしいぞぉ〜! アーイ、キャーン……」


 確かに自由っていうのはステキだと思うけれど、あの高笑いはエルフらしくない。

 って、アイキャンってまさか!?


「フラァァァァーイ!!」


 飛び降りたあぁぁぁっ!?

 飛行船から飛び降りちゃったよあの人!?

 自由ってそういう事なの? VRってこういう事なの?

 高らかに声を上げて笑いながら落下したエルフさんは、しかしその声は段々と小さくなっていき、やがて聞こえなくなった……。


 ざわつく甲板上。


「お、おい。今誰か飛び降りたぞ」

「エルフだったろ? 耳長かったぞ」

「NPCかな?」

「飛行船内のアナウンスじゃ、縁に近寄るなって言ってたのに、NPCな訳ないだろ」

「あぁ、たまにいるよな。そこに山がある限り登る。そこに高所がある限り飛び降りるってプレイヤー」

「「あぁ、いるいる」」


 いるの!?

 なんで飛び降りるの!? 自殺願望でもあるの!?

 

 飛び降りた人がどうなったのか気になるけど、飛行船が揺れて縁に近づけない。というか近づいたら落ちそうだ。

 あの人がどうなったのか、解らないまま飛行船は飛び続けた。

 ものの数分で降下していき、この船は目的地である《リプラ》という町の外れに着陸した。


 町まで徒歩でも数分ぐらいの距離にある離着陸上。

 船の甲板から橋が伸び、離着陸上側にいた人がその橋を固定する。

 固定されたらアナウンスが響き、降りれるようになるとゾロゾロと周りの人が降りて行った。

 いったい何人ぐらい乗っていたんだろう。船内からも人が出て来てるし、百人以上は余裕で乗ってそうだ。

 降りてくる人達の種族も、また姿もバラバラ。心なしか『ヒューマン』が多い気がする。んで、やっぱりというか『ドワーフ』は少ないな。でも斧を担いだドワーフは、すごくしっくりしててかっこよく見えた。


 なんとなく最後まで甲板に残ってたボクに、水兵のセーラー服みたいなのを着た男の人が近づいてくる。


『当船はまもなく離陸しますので、下船をお願いします』


 ということは、この人は飛行船の乗組員さんか。だとするとNPCってことだよね?

 ヒューマンの男の人は、苦笑いを浮かべて立っている。その表情はごく自然体で、言ってるセリフも棒読みではない。

 VRって凄いんだなぁ。


 飛行船を降りようとしたボクだったけど、ふと思い出して船員さんに尋ねた。


「あの、さっき飛行船から落ちた人は……」


 答えてくれるのかな? 突発的な出来事に対して、プログラム的存在のNPCが対応できるのだろうか。


『ご安心ください。既に救助船が救出した頃でしょう。いくら冒険者が頑丈で、落下による死亡が決してないとは言え、飛び降りられるとヒヤっとするんですよねぇ。はぁ、まったく困ったものです』

「救出されたんですか。よかった……。お仕事ご苦労さまです」

『……ありがとうございます。またのご利用、お待ちしております。では』


 一瞬の間があって船員さんは笑顔で手を振ってくれた。

 嬉しかったのでついボクも手を振る。

 ボクが下船し少し離れると、飛行船はゆっくり上昇していった。そのまま元来た空へと戻っていく。

 それを見上げながら、視界に映った空と雲を改めて観察する。


 なんていうか……凄く綺麗だ。

 晴れ渡った空――といってもこんな綺麗な青は、空気の綺麗な田舎の方にでも行かなきゃ見れないような気がする。


 これからボクはこの世界を冒険するんだ。

 そう思っただけで胸が高鳴る。


 同時に何故か――

 高らかに笑いながら、飛行船から飛び降りたエルフの事を思い出した。

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