第29話 『転任』

 走っていくうち、森の中まで足を運んでいた。

 まだ昼時だというのに、木々が茂って夜なのかと錯覚してしまう。


「どこにいるんだろう……」


 薄暗い森の中で姫初を見つけるなんて、もはや不可能なんじゃないかと思い始めた。

 あまり遠くに行けば今度は帰って来れなくなるかもしれない。


「だからって、探すのをやめちゃダメだ」


 自分の保身のためになんて考えは捨てる。

 今はただ、姫初を探すことだけを考えていれば、それでいい――


「い、た……?」


 思考が合致して、いざ探そうと心機一転したばかりに、僕の目には映った。


 それはまるで妖精のようで、人知を超えた存在にすら見えた。

 蝶と戯れる姿、木々の間から陽射しも相まって、いつも見てきた姫初だけど声のかけ方に迷いが生じるほど美しい。


 どう声をかけようか迷って足を一歩後ろに引くと、地面に転がっていた枝を踏んでパキッと音が響く。

 つられて蝶が飛ぶと、音の方に姫初が視線を向けた。


「玲紋……さん?」

「あ、うん。姫初さん、大丈夫?」


 岩に腰をかけていた姫初は顔を伏せて僕から目を切る。

 ゆっくり歩いて僕は姫初の前に立ち、視線を合わせた。


「もう、いいんです。今まで付き合ってくださってありがとうございました」

「え!? なんで? 別れたくないんだけど……」

「でも、あの人達がいろいろ言ってたじゃないですか。だから……」

「だから、何?」


 僕は問われたことを問い直して、姫初の瞳をジッと見つめる。


「詳しく話してくれないかな?」

「……わかりました。玲紋さん次第です――」


 ☆


 昔から私は、誰とでも仲良くしていた。

 それは男女共に関係なく、年齢も問わない。


「姫初君、いつもありがとうね」

「いえ、大丈夫です」


 小学校から続けてきたコミュ力は中学でも発揮すると、なぜか集まるのは男ばかりになった気がする。

 なぜ『男』と表現したか。それは子だけじゃなく性、つまり先生も男ばかりだから。


「重くないかい?」

「大丈夫ですよ。職員室までですよね?」

「ああ、そうだ。ありがとう」


 そんな中、気づけば私はとある先生とばかり話していた。

 相手はちょくちょく問題行動を起こす先生で、エロ親父なんて言われて煙たがれていた。


 だからって私は隔てない。そんなことをして、私にも誰かが隔ててきたらショックだから。


 だから他愛もない会話だってしたし、頼まれ事もよく手伝った。


 そんな時だった。先生が転任する事が決定したのは――

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