第21話 『悪役』

 ひとまず持ってきたプリントを小柳先生の机に置くと、姫初は事の顛末を視線で問う。

 僕が大まかな説明をすると、姫初はぽっと頬を赤らめた。


「そ、そんな恥ずかしいことを……!?」

「恥ずかしい、じゃ済まなかった。それだけ頭にきてた……って、ことかな」


 冷静になれば、僕のしたことはとても恥ずかしいし、先生と生徒という立場を弁えていない。

 ――けれど、それで諦めていいのか?


 僕はその疑問が脳にとどまった時点で、思考を捨てた。本能の赴くままに、口を走らせた。

 後悔が半分、残りは本心を語れたと喜ぶ気持ちを姫初に向けると、姫初は佐陀川先生に向き直り。


「私も、同じ気持ちです。玲紋さんに負けず、むしろ勝る気持ちで愛しています。――だから、部ではなくても教室を貸していただけませんか?」


 姫初の一礼に続いて、僕も一礼する。

 そんな僕達を見た佐陀川先生は「そうか」とポツリとつぶやくと。


「お前達の気持ちは理解した。――が、認める訳にはいかない。部には四人、ちゃんと部として認められるならば、教室は貸そう」


 こいつになんの権限があるんだろう。

 僕はそう思ったけど、口にはしなかった。ややこしくするのは適当ではないと思ったから。


 でも、当てはない。四人にするには、残り二人、事情を知っていてなお入ってくれるような人を僕は知ら――


「じゃあ俺達が入ればいいってことだな?」

「そういうことだね」


 続いて来たのは、キメ顔の一悟と翠華だ。

 僕はちらと佐陀川先生の顔を見た。理由はわからない、けれど確実ににやりと口元を吊り上げていた。


「なんだ、お前ら」

「いやぁ、これって俺ら入れば万事解決ってことだろ? な、玲紋」

「そ、そうだけど……いいの?」

「俺言ったろ? こういうことになったら俺の名前使っていいって」


 にっと笑う一悟に、僕は胸をなで下ろした。

 良い奴だと思う。けれど、僕は彼に対して態度が少し悪かったような気がしてならない。

 それでも助けてくれるんだから……良い人だと思う。


「ボクも入れば四人。ちょうどだね」

「そう、だね……」


 まだ苦手意識があるけど、ここは流れに乗るのがベスト。僕は口だけ返事すると、全員で佐陀川先生を見た。すると、


「ふっ、ちゃんと部として全うしろ。それがお前達の出来る今のベストだ」


 佐陀川先生はそれだけ言うと、手指示で帰っていいと促す。

 ちょうどチャイムも鳴り、僕達は急いで教室に向かった。


 ♦


「ちょっと出過ぎたんじゃないか? いつもの君らしくない」

「まさか小柳先生に君と呼ばれるとは。俺もまだ捨てたもんじゃないな」


 生徒の居なくなった職員室で、煙草を咥えた小柳先生が話を振る。


「これがベストだと?」

「さぁ、それは分からないな。ただ――あれだけ本気で相思相愛している二人だ。時期に皆も見直すだろ」

「そのために悪役を買って出た……か。本来ならば私の役目だろうに」

「いいんじゃないか? 素直に感謝だけしておけば。俺としても――二人には上手くいってもらいたい」


 コーヒーを一杯啜ると、小柳先生はやれやれといった感じで首を振る。


「夜須川と矢倉は見えていたのか?」

「様子見しているのはわかっていた。きっと気にしているんだろうと思ったから、あの二人も仲間に入れた。功を奏するかは知らんがな」


 コーヒーをポイッと捨てると、小柳先生は「恐れ入るねぇ」と漏らす。

 髪をぐしゃぐしゃに掻き乱すと、思い出したかのように小柳先生が口を開く。


「そういえばC組、次体育だったような」

「それを先に行ってくれぇぇぇぇ!」


 急いで体育館に向かう佐陀川先生の背を見て、小柳先生は小さくガッツポーズするのであった。


「負けっぱなしは嫌いなんでね!」

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