第16話 『果報』

 少し長くなってますが、ご了承ください

 ――――――――――――――――――――


 昼食を終えて、僕達はシートをしまって立ち上がる。


「行きたいところある?」

「……すみません、で、デート自体初めてなもので」


『デート』。そんなたった三文字を言うのに頬を染めて、口元に手を当てて恥じらう姫初。

 うぅ……そんなの、僕だって初めてだよ。

 ――なら、男の僕がリードしなきゃダメだよね!


「よーし! じゃ、行こっか!」

「!」


 僕は姫初の手を引いて、足を進めた。


 *


 定番コース、きっと調べれば大量の記事が出てくると思う。

 けれど、それを調べて行って、僕達の仲は深まるのだろうか? それは上辺だけで、本当に好きなもの、好きなことまでは見てもらえないのではないか?


 初のデート。まだ互いを知らない、そんな初々しいデートだからって、全てを偽るのはいい事なの?


 そう疑問に思った僕は、僕がよく来る場所を選んだ。


「来たことあるかな、ゲーセン」

「ふふ、来たことくらいはありますよ、苦手ですけどね」

「僕も苦手なんだけど、好きなものがあったら欲しくなっちゃうんだよね」

「あー、そういうことありますよね」


 他愛もない会話。

 それで気が戻って歩こうとした途端、僕は右手に違和感を感じた。


「ご、ごめんね!? いきなり手握っちゃって!」


 僕がバッと手を離そうとした瞬間――


「……このまま、握っててもいいです、か……?」


 上目遣いで、少しの申し訳なさを含んで問う姫初に、僕はしどろもどろになりながら「いいよ」と答えて強く握りしめる。


(手汗、大丈夫かな……)


 *


「貰っていいんですか?」

「いいよいいよ、たまたま取れただけだし」


 ゲームセンターで本当にまぐれで取れた大きめの柴犬のぬいぐるみを姫初にあげ、僕達はカフェに足を運んだ。

 カフェなんて、友達のいない僕には縁のない場所で、コーヒー一杯で三百円超えるのには驚いた。けど、それよりも緊張とデートの事実が僕に押し寄せ、味覚が失われて味がしないことにはさらに驚いた。


「美味しいですね」

「ん!? うん、そうだね」


 味がしないなんて言えない……。


「何か頼む? 僕奢るしさ」

「奢らなくていいですよ、自分で払いますので」

「え……。いや、でも奢るのが普通じゃない?」


 コーヒーを啜りながら僕が尋ねると、姫初はカップを置いて首を振った。


「普通だから奢るんですか?」

「……えっと」

「別に普通がいけないとは言いません。けど、女が男に奢られる『普通』はいらないと思います」


 断言。

 僕は真っ直ぐ見つめる姫初に言葉が詰まってあうあうと口を動かすと、姫初は小さく息を吐いてからさくらんぼ色に頬を染めて。


「もしかしたら……共同のお金になるかもしれ……ない、じゃないですか」

「……。…………。………………!? そ、それってどういう――!」


 最後まで言わんとした僕の口を姫初は押さえて、「もう出ましょう」とぽつりとつぶやいた。


 *


 すっかり暗くなった夜道。

 デートの時間ももう終わりだろうなあ、と今までの時間を振り返る。


 僕にとってはすごく楽しかった時間。けれど、姫初はどうだったんだろう。

 わからないなあと思いながらちらと姫初に視線を向けると、僕よりも数歩遅れて歩いていた。


(疲れたのかな……)


 僕はさっきまでと同じスピードで歩いている。それで遅れるのなら、やっぱり疲れていることにな――


「!」


 ……どうして、気づけなかったんだ。


「姫初さん、そこにベンチあるから座ろう」

「え、でももうデート終わりますよね? あと少ししかいられないのなら、もっと歩きたいんで――」

「ダメだよ、姫初さん。


 その言葉に、姫初は足を止めた。

 僕は姫初をベンチまで誘導して、一緒に腰をかけた。


「右足かな? ヒール脱いで……変な意味じゃないよ!?」

「わ、わかってますよ……。――いつから、気づいていたんですか?」


 ヒールを脱ぎながら、姫初は質問をぶつける。


「ほんとについさっきだよ。恥じるべきだよね、初デートで舞い上がって自分一人ばかり考えていたことを」


 脱いだヒールから出た足には、靴擦れの痕が。……やっぱり。


「むしろ、いつからこんな状態だったの?」

「カフェに行く頃には、ですかね……。バレないようにしていたつもりだったんですけど」


 じゃあ、割と前からこんな状態だったってこと? 靴擦れの痛みは、男でもわかる。

 鞄から絆創膏を取り出して、傷口を塞ぐように貼る。


「すみません」

「謝るのは僕の方だよ、気づけなくてごめんね。――何に気を使ったのかは分からないけどさ、何があっても僕は姫初さんが好きだし嫌いになることはない。だから、何かあったら言ってほしい。たとえそれが些細なことであったとしても、自己犠牲だけはしないで」


 こんな説教じみた台詞、姫初は嫌うかもしれない。

 それでも僕は、変に気を使われて自分を犠牲にされる方が、もっと嫌だと思った。

 僕が姫初を嫌うことはと断言出来るし、当たり前のことだ。だからこそ余計にそう思ってしまう。


 言いすぎた……と、自分を心で咎めていると、姫初はぽろぽろと泣き出した。


「え、あ、ごめんね!? 言いすぎたよね、姫初さんだって言い難いことあるだろうし、無理ばかりしないでって意味で……その」

「ち、違うんです……違うんですよぉ……」


 零れる涙を裾で拭いていたのでハンカチを渡し、姫初の嗚咽が止むのを待つ。


「一つだけあるんですけど、それ以外は何も玲紋さんに隠しません。誓います」


 姫初が華奢で可憐な小指を突き立てる。

 僕はそれに合わせて指を重ねると。


「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます、指切った!」


 姫初が楽しんでくれたのか、それはまだ僕にはわからない。

 ――でも、笑顔が可愛くてとても似合う彼女を最後に引き出せたんだから、僕は僕を果報者だなって思えた。

 この娘が僕の彼女なんだと思うと、さらに果報者だと思う。


「ど、どうしたんですか?」


 ぽかんとしていた僕に、恥じらいながら目元を擦って姫初が尋ねてきたから――


「ただ可愛いなって思えてさ」

「――!? きゅ、急に何言い出すんですか!? ……ばか」


 ぽかぽかと叩く姫初に僕が笑っていると、少し膨れた様子だったけど姫初も笑ったので――多分、僕達の初デートは成功を遂げた。

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