第13話 『前夜』
「どーしよっかなー。この髪型? ……こっちのがいい気が……わかんないよぉ!」
「お兄ちゃん、うるさい。一人で騒ぐと隣のあたしの部屋にも届くんだよ? だから気をつけてね、一人慰めも」
「…………小四の中での何かしらの流行りと信じてるよ?」
もうやだ、この妹。
最近の小学生ってこんなにませてるの? 怖いよ、小学生。
「で、何してたの」
「明日デート行くんだけどさ、髪型どうしよっかなーって」
「……デート。そんなことで男が気にするもんじゃないでしょ」
「ばっか、男の髪型は大切だよ? 今のオーソドックスから五厘刈りにしてみ? えっと、誰ですか……? って言われるオチまで見えるよ」
「じゃあそのまんま行けばいいじゃん、バカみたい」
安瑞は口を尖らせて、適当さを含んで吐き捨てる。
途端、先までの苛立ちとは変わった苛立ちに、僕は訝しむ。多分、兄だからわかるヤツだよね、意味はわかんないけど。
「安瑞だったら、僕がどんな髪型だったら嬉しい?」
「なんであたしに……普通がいいでしょ、そりゃあ」
「そうかぁ……じゃあ香水買ってくる」
「いらないでしょ!? てか、もう二十時半だよ!?」
外に出ようとする僕の手を引いて、安瑞が静止させると。
「逆にどう思う? 姫初さんがいつもと全然違う髪型で、香水振ってきたら」
「……多分――いや、確定で可愛い」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
僕の煌びやかな瞳で語る言葉に、安瑞は額に手をついて深いため息。
……いきなりどうしたんだろう。
「好きすぎでしょ、彼女のこと」
「当たり前じゃん。僕は好きだよ、姫初のこと! 可愛くて性格よくて――」
「はいはい、聞いた聞いた。――あたしも悪くないと思うんだけどなぁ」
「え? なんて?」
「うっさい!」
安瑞のがうるさくない? と思ったけど、僕は口を噤む。絶対雰囲気違うよね、それくらいなら悟れるよ。
「そんな好きな彼女ってどんな感じの人? 少しは知ってるけど」
「え、なんで知ってるの? ……まあいいか。そうだなぁ、黒髪が腰まで伸びていて、スカートが短すぎず長すぎず。顔立ちは整っていて、薄い化粧はしてるかもだけど、しなくてもやばいくらい可愛いんだよ。で、白く透き通る肌は男の視線をもらいまくりだよね!」
「急に饒舌。……でもそっか、じゃあやっぱり『ビッチ』だね」
「話聞いてた!? 明らかに清楚だよ」
僕がむふーと胸を張って答えると、分かってないなーと言いたげに安瑞は首を振る。
「清楚ってビッチなんだよ?」
「矛盾って言葉知ってる?」
「お兄ちゃんも見たことあるでしょ? AVとかで『清楚系ビッチ』って言葉」
「まさか家族間で『AV』って単語聞くとは」
家族で出ない話題ナンバーワンに上がりそうな単語を聞いて、僕は返しが雑になる。
けれど、安瑞は言葉を止めず紡ぎ出す。
「きっと子供は二人はいて、十人以上はヤってる」
「ま、待って? まだ僕達十六歳だよ? そんな訳な」
「絶対そうだよ。バレないように清楚を装ってるんだって」
……わからない。何が安瑞に怒りを与えているのかが。でも確実に、何かしらの琴線には触れていると思う。証拠は早口であること。
この場合、どう返したらいいのか、どうしたら安瑞は元に戻るのか。――じゃあ。
「たとえそうだったとしても、僕は姫初を愛してる。だから――も、もし嫁!? とかにでも来てくれた時には、真っ先に安瑞に話すよ」
「……そういうことじゃないのに」
安瑞はすくっと立ち上がると、扉を思い切り閉めて出ていった。
訳分からずぽかんとあんぐりに口を開ける僕はほっとかれ、安瑞は扉に背を当て独りごちる。
「……ああやって言えば嫌うと思ったのに、あたしが嫌われちゃったなぁ」
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