第8話 『彼氏』

 そろそろ戻ってもいいかなー。


 チャイムが鳴って多分授業は始まっている。

 行けばなぜ遅れたのか、と話さなければならないと思う。適当にその場しのぎを言って、目立たず終わらせよう。


 教室に着いて中に入ろうとした時、中から外まで丸聞こえな声量で、少女が話していた。


「あなた達になんと言われようと、私は玲紋さんが好きですし、付き合っています!」


 ………………。

 えぇー……? なになに、どゆこと?

 姫初だよね、声的には。うん、わかるよ、そこまでは。けど、何が起きてんのかな?


 恐る恐る中を覗くと、さっき僕をバカにしていた女生徒相手に、姫初は訴えるように放っていた。

 相手は女生徒だ。けど、当然もう既に授業が始まっていることから、僕以外の生徒は席に着いていた。


「だから――馬鹿にするのはやめてください!」


 その言葉を受け止めて、女生徒は改心する、きっと僕と姫初はそう思った。

 だけど――


「ぷっ、あっははは! 嘘でしょ!? 姫初、本気で言ってるの?」

「……ほ、本気ですよ」

「ふ、ふふふ……」


 姫初は笑われてもグッと堪えて、自分の思いを綴る。

 だが、周りはまったく本気にしないどころか、笑いだけが起こる。


 後ろからではわからない。

 けど、多分そうだ。今、姫初は泣きそうだと思う。

 いいのか、僕。ここでずっと眺めて、バレず教室に入って。

 こっそり荒波立てず、静かに教室に入っていいのか?


 ――いいわけがない。


 僕は教室の扉に手をかけ、バンっと勢いよく開けた。

 みんなが注目し、初めて浴びる脚光。良い脚光とはかけ離れているが、僕は教室の中に一歩足を踏み入れて。


「ど、どうも……姫初さんとお付き合いさせていただいてます、桜井さくらい玲紋です」


 恥ずかしい、なんて感情は二の次だ。

 現状僕より恥ずかしくて、勇気ある行動を取った姫初が目の前にいるのだから。

 高鳴る心臓を抑えて、僕は言葉を紡ぐ。


「僕のことをどう思うのかは勝手だけど――姫初さんを傷つけるのだけはやめてね?」


 ピシッと、空気が変わった。

 僕には特殊能力があるわけでもなければきっと、人並みのオーラすら無い。

 けど、今は何か、空気を変える何かを出せた気がする。


 愛する彼女が笑いものにされている。前まではみんなの憧れだったはずの彼女が。

 しかもそれは、他でなく彼氏である僕のせいで。

 これを、怒らざるして彼氏が務まるだろうか?


「――授業、始めるぞ」


 頃合とみたのか、数学教師の小柳百花こやなぎももは授業を促した。

 それに合わせ、みんな席に着くが、多量の視線を浴びているのは見渡さなくてもわかった。


 ――やっちゃったかなぁ!? これでさらに姫初とみんなが疎遠になったらどうしよう!

 僕、ちゃんと責任取れるかな!?

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