第7話 『役目』
「き、姫初!」
「!」
廊下を走って走って、誰もいない特別授業が無い限り使われない廊下に着いて、姫初は足を止めた。
「ご、ごめんなさい……玲紋さん。ごめんなさい……」
「どうして謝られてるのか分からないけど……はぁ……ちょっ、ちょっと階段に腰掛けていいかな?」
体力が無い僕には廊下を走るだけで、十分な運動となった。むしろ、過剰まである。
「これ、ハンカチです。汗拭いてください」
「ありがとう、姫初。洗って明日返すね」
「別にそこまでしなくていいですよ」
ふふと姫初が微笑んで、沈黙が長引く。
くっそ気まずい。どうしよう、カップルってどんな会話するのかな。わかんないよぉ。
「ごめんなさい、私……玲紋さんが悪く言われているのに、何も言えませんでした」
泣きそうで、ぽつりぽつりと囁くように語る姫初。
罪悪感、それだけが彼女を追い詰め、泣きそうな表情まで追いやっている。
……彼女にこんな表情させるのが、彼氏の役目なのか?
僕は姫初に対して何もやれていない、故に何も知らないのだから、褒める事が出来なければ良い所を伝えることも不可能。
「ごめ」
「もう謝らなくていいよ、姫初さん。悪いのは僕の方なんだから」
「そんなこと……」
「あるんだよ、姫初さん。僕が、いや、僕の良い所を知ってもらう。そうしないと君の一番にはなれない」
「え、なんのことですか?」
疑問をぶつける姫初を流して、僕は伝える場面を整えて、初めて『相手』を前にして口にする。
「で、デート、しない? もちろんいつでもいいよ!? その、姫初さんの暇な日に、さ」
「ふえぇ!? で、デートですか!? ……そうですよね、付き合ったらしますよね。――次の土曜日とか、どうですか?」
「いいね、土曜日! 休みだもんね!」
訳の分からない返答だけど、デートの約束を取り付けることには成功した。
緊張した……。デート一つ誘うだけで、寿命一年プレゼントしてる気分だよ。
けど、デートは建前の一つにすぎない。
今回のデートでの僕の役目は、『最高の彼氏』になること。
誰に話しても恥じない。誰に話しても貶されない。そんな彼氏だと、姫初が胸を張って言える人間だと伝える。
「じゃあ隣町の時計台の下に集合しよっか。場所わかる?」
「……は、はい。わかります」
「よかった。じゃあ十時くらいにしようか」
「わかりました」
僕達は立ち上がって教室に向かう。
もうすぐチャイムが鳴って、授業が始まるから。けれど――
「僕、トイレ行ってくるね。先行ってて」
「あ、はい」
僕の言葉に、姫初は先に教室に向かった。
これでいい。一緒に戻れば、姫初はあのギャル達にからかわれるだろうから。
……初めて、授業に遅れるなぁ。
そんな僕を他所に、姫初は。
(やっぱり、玲紋さんは私を気遣ってます、よね……? それで玲紋さんは幸せですか? 立場が変わった時、私は幸せですか……? 絶対、そんなことは無いです。だから――)
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