第6話 『悪口』

 学校に着くと、席の中央で姫初は他の女生徒と話していた。

 軽く挨拶から入ってそれとなく『舞童』という人について訊こうと思ってたんだけど、無理そうだ……。


 僕は廊下から一番離れた窓際の一番後ろの席に着き、引き出しから一限目の教科書を取り出す。

 そんな僕の前に、一人の少年がドカッと座った。


「よっ、玲紋」

「おはよう、一悟いちご。今日もヤンキー風だね」

「風じゃねぇよ! 俺はヤンキーだ」

「……」


 夜須川やすがわ一悟。注意されても直さないパツキン少年だ。

 自称ヤンキーを語る一悟だけど、喧嘩したことなくて成績優秀。見た目から入って中身は優等生という、先生もどうすればいいのかわからない面倒な生徒の一人だ。


「根暗だな、玲紋。もっと明るくなった方がいいんじゃねぇか?」

「それって見た目の話?」


 今の一悟に言われても、見た目の話にしか聞こえない。

 でも、中身を明るくするのは大事かもしれない。することでもっと姫初と愛し合えるかもしれない!


「――玲紋のことどう思う?」

「!」


 唐突に、でも気になる話題がなされている!

 ギャルもとい女子とは会話したことないけど、きっと彼女らの僕に対する印象は『冴えない奴』だ。

 だからこそ、どんな会話が行われるのだろうか。


「なあ、玲紋」

「シッ、黙ってヤンキーもどき」

「あ?」


 僕は一悟を黙らせて、話を聞く。


「かっ、かっこい」

「まっさか、幾度と告白されてきた姫初が、かっこいいなんて言わないわよね」

「え……」

「言うわけないわ! だってあんなモブ、好きになるはずないもの」

「あの……」


 話に介入できず、姫初はたじろぐ。


「玲紋、嫌われてんなぁ」

「僕が何をしたんだろう」


 まったく関わりない相手に、嫌われていると知るとショックデカイな……。

 ……うう、姫初さん、何か言ってくれないかなぁ。


「で、でも玲紋さんは……」

「あいつ音ゲーして漫画読んでエロイラストの描かれた小説読んでたわ。オタクってヤツよ、キモいよね」


「ふっ」

「笑わないでよ!? ……オタクだめなのかな、やっぱ姫初も嫌なんかなぁ」

「嫌だろ」

「あれ、一悟ってもしかして敵?」


 僕と一悟が揉めあっている間も、話はどんどん進んでいく。


「めっちゃキモイじゃん、何それ〜」

「そ、それは人それぞれなんじゃ……」

「擁護する必要ないって! 貶せるものは貶していこうよ」


「お前のこと貶せる人ってさ」

「聞こえてるよ!? 二度目で完全に追い討ちだった……」


「も、もういいんじゃないですか、玲紋さんの話は。もっと楽しい話題を……」

「えぇ〜? もっと言い合おうよ。楽しまないと」

「……楽しむって?」

「そのまんまの意味よ。人の悪口ほど楽しいものはないわよ」


 ――刹那、姫初はバッと立ち上がって教室から逃げるにように後にした。

 周りの人間は何が何だか……といった様子だけど、僕は無意識のうちに追いかけていた。


「俺、お前以外に友達いねぇから、一人にされると心細いんだけど……」


 情けないことを漏らす一悟に対し、僕が振り返ることは――なかった。ごめんね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る