後編

「そんな火なんか、怖がるものですか。そのくらいのたき火なら、失敗しても、少しやけどする程度でしょう」

 カーチャは言いました。

 たしかに近くに小川もあるので、ふつうの子どもなら、たとえに服が燃えても急いで飛び込めば、やけどですむことでしょう。

「ここに来るときに、たしか、いいものを見つけたの。あっちの方がきもだめしにむいていると思うわ」

というと、ふっと立ち上がり、ややふらつく足どりで来た道を歩いて行きます。子どもたちはなんだろうと思いながら、あとを追います。


 通ってきた道からすこし外れた、ちょうど木々で濃い影ができているところに、ハチの巣がなっていました。おとなの顔の3つ分より大きいそれは、ブンブン飛び回る蜂と従えているようにどっかりと構えています。

みんなは、あまりのハチとその巣の大きさにやめようよと言いますが、カーチャは気にしない様子で、

「ハチも、巣も、結構大きいわね」

と、気の抜けた調子で言います。すると、ハチの巣にふらふらと近づいて行きます。カーチャと巣との距離が小さくなるのとは反対に、ハチはブンブンと羽をうならせていきます。

 ついに、一匹のハチが彼女を刺しました。そして、またひと刺し、またひと刺しとつづいていきます。しかし、もとが雪の体に、ハチの針なんか刺さってもなんてことはありません。

 ハチに囲まれたカーチャを目の当たりにし、子どもたちのピンク色のほっぺたはみるみる白く、青くなって、やがて手も足も体も動かなくなってしまいました。それでも、カーチャは、ただゆらゆらと巣の方へ、うす暗い方へと歩いていきます。

 カーチャは、巣のすぐ前までやってくると、ひと呼吸して、涼やかな風を少し吸い込みます。水のにおいをはらんだそれは、鼻先と木々とを、さあとなでていきます。さらに、ハチの怒鳴り声の向こうからくる、木の葉とささやきによって、カーチャは春をたしかに感じられました。

「みんなも、いらっしゃいよ」

 しかし、彼女の呼びかけにこたえる子は、一人もいません。子どもたちは声も出せず、立ち尽くすだけです。

 カーチャは、拍子抜けしたような小声で、

「あなたたち、弱虫なのかしら」

と、ちらとつぶやくと、こんどは反対に大きな、あたたかな声で呼びかけます。

「ごめんね、一緒に遊べなくて。でも自分ができるからって、無理させてはいけないよ」

 そのはきはきとした声を聞いて、子どもたちはようやく体を動かせるようになりました。それはちょうど春のお日さまが氷雪を溶かすようでした。


 それからというもの、今度はカーチャに近づくことが、たき火の飛びっこに代わるなりました。みんな、カーチャに近づいては、キャーキャーとにげていきます。今までのように遊ぶお友達はいなくなってしまいました。しかし、カーチャは、子どもたちが火遊びするよりはいいと思ったのです。

 心配になったおじいさんとおばあさんは、まだ早い次の冬の相談をしました。カーチャには内緒の相談です。うまくいくかは誰にも分かりませんが、うまくいけばきっと、カーチャも驚くことでしょう。

 次に迎えた冬は前の冬に負けないくらい寒く、庭には雪がふりつもりました。

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童話『ゆきむすめ』 橋元ノソレ @UtheB

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