第13話 美雪と綾~気持ち悪い自分とシャンプー~
美雪と綾~気持ち悪い自分とシャンプー~ 前編
一月の後半、三学期が始まって再び学校に活気が戻ってくる。
朝、
そんな生徒達の中を歩く、髪を染め、大人顔負けのメイクをばっちりキメていてる目立った女子生徒が二人いた。
華百合高校二年生、
そして美雪の隣を歩く女の子、華百合高校二年生、
茅沙は美雪よりも背が小さく、美雪や他の友達よりも胸が小さいことを密かに気にしている。
「ねーあのさぁ、聞いてる?」
「んー、うん」
「ウソ、絶対聞いてないー!」
先ほどから茅沙は美雪に何回も話しかけていて、何回も話題をふっているのに生返事しか聞こえてこない。美雪はずっとスマホのチャットアプリに夢中になっている。
「ってか、さっきから誰と話してんの? 見せて見せて」
「はぁ? 何で見せなきゃなんないの」
サッと、スマホを隠すようにポケットの中へと入れてしまう。茅沙に見られそうになった美雪は、少し焦っていたように思える。
「え? 何その反応。あ、やっぱりもしかして彼氏できた!?」
「は!? んなわけねぇし! 意味わかんないこと言わないでくれる」
「ふーん、へー、ほー」
ニタニタと笑う茅沙。何やら隠していそうな美雪の顔を見ている。
「やっぱりね。この前のクリスマスの時に、もしかしてって思ったけど」
「だから違うって言ってんでしょ! 変なこと言いふらすと許さないから」
「えー、面白くなーい。そーれーにー、そのマフラー、誰から貰ったとか、前からずーっと気になるんだけどなぁー」
ニタニタと笑いながら、美雪の首元に巻かれているマフラーを指差す。
クリスマス以降、美雪と出会う度に必ずと言っていいくらいに、美雪の首には赤いマフラーが巻かれていた。
本人に聞いてもはぐらかされ、無闇に触ろうとすれば、今まで見たことの無い顔で怒ったりと、クリスマスの日に何かがあった事はバレバレである。
「……言ってるじゃん。これは別に、何でもないから……」
去年の12月24日、クリスマスイブの日に、美雪は茅沙達から遊びに行こうと誘われていた。
三つほど駅が離れた所にある高校の男の子を何人か呼んでいて、合コンのような雰囲気で遊ぶ予定だったという。
しかし、美雪は乗り気ではなく、ずっと断り続けていた。当日も、茅沙は懲りもせずに美雪に連絡をするも、きっぱりと断られている。
そして、それ以降から美雪は、今まで持っていなかったマフラーを巻き始め、スマホのチャットアプリをする頻度が増えていた。
「あーあ、いいなぁ美雪。恋する乙女ちゃんって顔してるよぉ」
「はぁ? 何それキモっ」
「私なんか、クリスマスの時に誰もゲットできなくて、未だに独り身だよぉ」
「あー……まぁ、茅沙は選り好みし過ぎてるだけでしょ」
「えーっ、ひっどぉい。茅沙ちゃんに似合う男性がいなかっただけだもん!」
「それを選り好みって言うんじゃない?」
美雪と茅沙は、生徒達で賑わっている玄関の下駄箱で上履きに履き替え、他愛もない会話をしながら廊下へ歩み出した時だった。
「あー! 綾ちゃんだー」
茅沙は急に、美雪との会話をぶった切って、ちょうど近くを通りかかった教師に、笑顔のままダッシュで抱きつこうと駆け寄って行く。
「えっ? あ、あわわ、わ?」
なんの抵抗もできずに茅沙に抱き締められた女教師、名前は
この高校の英語の教師である。年齢は25歳。
サラサラの黒髪ロングヘアで、どの生徒にも優しくしてくれるので、多くの生徒から好かれている教師である。そして、密かに恋心を抱く生徒も少なくないという。
「お、おはようございます、沢田さん。今日も元気いっぱいですね」
綾は、突然のアタックに少しだけ動じたが、すぐさま笑顔で茅沙に挨拶をする。
こういう事はあまり得意ではない綾だが、生徒が懐いてくれる事の喜びが勝り、咎めることは無い。
「えっへへー、綾ちゃん今日は少し甘い匂いだねー。シャンプー変えたー?」
「あ、やっぱり分かりますか。そうなんです。新商品のやつなんですが」
和気あいあいと、そのまま会話が始まってしまった二人。
そんな二人の姿を面白くなさそうに、下駄箱に寄りかかりながら見ている美雪がいた。
美雪は、スマホのチャットアプリと、綾の姿を交互に見ながら誰にも聞こえないくらいの、小さな舌打ちをする。
重たい、モヤモヤとしたモノが、鼻の奥の少し上あたりで広がってくるような感覚になる。
嫉妬、羨望。
なんて、醜いものだろう。こんな気持ちになる自分はなんて、こんなにも……。
「……気持ち悪い」
そして、声にもならないほどの声で、虚しい言葉が口の中に反響する。
「あれー? 美雪どーしたのー? こっち来なよ! 綾ちゃん、すっげーいい匂いしてるよぉ!」
「あ、あはは……。沢田さん、もうちょっと声は小さいほうがいいですよ……」
ハッと、美雪は茅沙の声に現実に引き戻される。
目の前には、こちらの目を見る綾の姿。
「おはようございます、美雪さん」
自分に微笑みかける綾の笑顔。
美雪はスマホをポケットにしまい、マフラーで口元を隠しながら、綾の言葉に返事する。
「……うん。おはよ」
小さい声だったが、綾にだけ聞いて欲しいと思いながら出した声は、真っ直ぐ飛んでいく。
今度は虚しく口の中で反響はしない。気持ち悪い心の部分は、心の奥底に隠す。決して口の外に出してはいけない。
美雪は、ゆっくり綾と茅沙の所へ歩み出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
華百合高校、四限目の授業が終わり、校舎に昼休憩が始まるチャイムが鳴り響く。
「オォーウ! アーヤ! ココの意味がわかんないデスー!」
華百合高校二年三組。
教卓へ泣きながら駆け寄っていく、夕焼けの色に似たオレンジ色の長髪の女の子、
ダリアは、母親が外国人のハーフで、誰もが認めるほどの綺麗な容姿をしているのだが、言動が見た目と違いすぎて、慣れていない人には驚かれてしまうほどである。
「ぶぇぇん、ここが終わらないとランチが食べれないデース……」
「あらあら、どこでしょうか、見せてください」
四限目の授業は現代文だったのだが、担当の教師が本日不在のため自習になっていた。そして、自習の監督に綾が任された。
「あー、これはですね」
「フムフム。優しく教えてくだサイねー」
ダリアは綾の隣に立ち、体を密着させながら綾に自習の課題を教えてもらっている。
綾もとくにダリアの密着具合いに気にもせず、和気あいあいと課題を一緒に解いている。
そんな二人を面白くなさそうに見ている人物が、教室の窓際の席に座っていた。
「……いいな。その手があったか……」
美雪は鏡で身だしなみを整えるフリをしながら、横目で綾の様子を見ている。
しかし、身だしなみを整える手はずっと止まっていて、はたから見れば静止したまま様子がおかしい人のように見える。
「なーがい。飯行こうぜ」
静止している美雪の頭の上に、おにぎりやパンが入ったレジ袋が置かれる。
レジ袋のガサカサとうるさい音が美雪の耳に響き、その音で美雪は現実に戻される。
「え、あ……何?
「いや、何はねぇだろ。飯だよ飯。お前学食だろ? 早く行って飯食おうぜ」
美雪の右後ろに立ち、少し困った表情をしている美雪と同じクラスの女の子、名は
黒髪のベリーショートヘアで、ワックスを使って少し髪を立たせている。
他の同級生よりも身長がずば抜けて高く、後ろ姿だけ見ると、よく男性と間違われたりする。
「あぁ、ご飯か……うん」
「あん? どした? なんかさっきから、ずーっと金剛とアヤちゃん見てっけど」
「はぁ!? 見てねぇし!」
美雪は、少し赤くなった顔で、後ろにいる京香へ睨みつけるように振り返る。美雪は少し声が裏返り、変な声になってしまう。
「あん? 声裏返ってんぞ」
「べ、別に誤魔化してなんかねぇし!」
「いや、何も言ってねぇから」
京香は、変な様子の美雪を不思議に思いながら、美雪の前の席へ移動して、そのまま前の席の椅子に座る。
少し顔が赤くなっている美雪の目と、その視線の先と交互に見ながら考える。
コイツはいったい何を焦っているんだ。そんなに隠すことなのか。
そして、京香は一つの答えに辿り着く。
「あぁ、分かった。綾ちゃんと金剛が仲良さそうなのが気に食わねぇんだろ?」
「っっっ!? は、はぁぁぁ!?」
教室に響くような大きな声で叫ぶ美雪。
教室にいる何人かの生徒は、一斉に美雪のほうを見る。その中には、綾とダリアも美雪のほうに視線を向けている。
「っっつっ……!」
ヤバイと思った時にはもう遅い。どうしても誤魔化すことはできない。ただ、視線を無視して皆の関心が逸れるまで耐えるしかなかった。
少しすると、何も起きない事がわかった生徒達は、何事もなかったかのように各々の昼休憩を続ける。
「お前の大きな声、初めて聞いたかも」
「……うっさい」
京香は、お腹が空きすぎて我慢ができなくなったのか、レジ袋の中からコッペパンに卵をはさんだ惣菜パンを取り出して、食べ始めようとしている。
「詮索はしねぇけど、何か悩んでんなら話聞くけど?」
「……いい。大丈夫」
「そか。まぁ、あんまり考え過ぎんなよ」
「……うん。大丈夫だから」
美雪は鞄を手にして、席から立つ。少し元気が無さそうに見えるが、京香は余計な気遣いは逆に気に触るだろうと考え、何も言わずに美雪に着いて行く。
「えーっと、茅沙達は先に行ってんの?」
「おう。なんか、限定の定食がーって言って走ってったぞ」
「限定……あぁ、あれか」
美雪と京香は、教室から廊下に出る。廊下は他の生徒で賑わい、食堂に向かう者や教室に向かう者や立ち話をしている者やなどがいる。
「美雪さん、ちょっといいですか?」
廊下に出て直ぐに、別の扉から出てきた綾に、美雪は呼び止められる。
綾は、名簿と自習のプリントを持っていて、今から職員室に帰る所だろう。
「え、あ、先生っ?」
「今、時間よろしいですか?」
「えっ、あっと、えーっと」
美雪は、隣に立つ京香のほうをチラチラと見ながら、少し混乱している。
そんな美雪の姿に何かを察した京香は、少し考えた後、ポンポンと美雪の背中を軽く叩く。
「いいよー、綾ちゃん。でも、なるべく早く返してよ。沢田達が嫉妬しちゃうからさ」
「ちょ……京香!」
そして、京香は美雪の背中を押して、そのまま美雪を置いて食堂へと歩いていく。
美雪は京香の背中をしばらく見ていたが、京香はすぐにいなくなり、少し気まずい空気が流れる。しかし、綾はそんな事を気にせずに綾に話しかける。
「あの、美雪さん。気の所為だったらいいのですが、今日は少し元気が無いように見えたので心配になってしまいました 」
「えっ……あ、そんなことないって! ほら、こんなに元気!」
美雪は両手を振り回すようにブンブンと動かし、元気アピールをする。しかし、少し戸惑っているのか、動きがギクシャクしてしまっている。
それを見透かしている綾は、まだ心配そうな顔で美雪に近づく。そして美雪の額へ、そっと優しく右の掌で触れる。
「っっ……っっ!?」
「んー、少し熱があるような……。あの、保健室まで一緒に行きましょうか? もしくは、午後の授業は無理に出なくてもいいように、他の先生方に伝えておきますが」
「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」
他の生徒が見ている廊下で、こんなことをしているのが恥ずかしくなってきた美雪は、額に触れる綾の手を握って額から離す。
「そうですか? それなら、安心なのですが。だって自習中も上の空でしたから、気になっていて……。私、ずーっと美雪さんのこと見ていたんですよ」
「えっ、ずーっと……?」
ドキッと、美雪の胸が跳ね上がる。教室にいたクラスメイトの中で、自分を心配して見ていてくれていたことに喜んでしまう。
「でも、杞憂でよかったです」
ニコッと綾は微笑み、まだ自分の手を握ったままの美雪の手を握り返す。
その感触に、美雪はまだ手を握っていたことを忘れていたことに驚き、変な声が出てしまう。
そんな美雪に綾はクスクスと笑いながら、手を離す。
「それでは、職員室に戻りますね。美雪さんを早く返さないと、犬塚さんと沢田さん達に怒られてしまいますから」
「……う、うん」
綾と触れていた手が、無性に寂しくなる。しかし、美雪はそんな寂しい思いを心の中に閉じ込めておくことに、我慢ができなくなる。
「あ、あの先生!」
「はい?」
去ろうとしている綾を、美雪は少し大きな声で止める。綾は笑顔のまま美雪の声に立ち止まる。
「その……放課後も会いたいなって。できれば……二人きりが、よくて」
モジモジとしている美雪に、綾は優しく微笑みながら美雪の頭を柔らかく撫でる。そして、美雪の耳元に近づき、囁く。
「わかりました。仕事早く終わらせますので、いつもの場所で待ち合わせましょう」
「……うん」
綾はそう言うと、少し惚けている美雪に手を振って職員室へと去っていく。
「っ……へ、ぇへへ」
さっきまでのモヤモヤがどこかへいったかのように、美雪の顔はだらしない笑顔でいっぱいだった。
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