第12話 ちなつと暁美~敬遠とエロい目~
ちなつと暁美~敬遠とエロい目~ 前編
中庭には芝生が張られ、様々な種類の花壇があり、生徒たちが大切に育てている。そして、木製のベンチが数箇所に設置され、生徒たちが休憩時間などに座りながら談笑する姿がよく見られる。
夏の暑さを忘れ始める十月。
お昼休憩に、中庭のベンチに座りながらお昼ご飯を食べる二人の女の子がいた。
「はぁ……」
スマホを眺めながらため息をつく、前髪が少し目にかかる黒髪セミロングの女の子、
ちなつは、スマホのチャットアプリに返信をしているようだが、なかなか文章が思いつかないのか、モタモタしている。
「青桐さん……どうしたの? 何か、あったの?」
ちなつの隣に座っている、腰まである黒のロングヘアが目立つ女の子、
凛々子は、水色の水筒を手に持ちながら、心配そうにちなつの方を見ている。
「……うん、ちょっと、ね」
返信することを諦めたちなつは、チャットアプリを中断してスマホをポケットの中へ入れる。そして、お昼ご飯のコンビニで買ったおにぎりを一口食べる。
「今日帰りに、従姉妹から夕飯の買い物に行こうって誘われて……」
「ぁ……従姉妹さんって……」
凛々子は、ちなつの従姉妹という言葉に、ハッと思い出す。
ちなつの従姉妹、
ちなつの伯父である暁美の父親が、九月から他県へと二年間出張することになり、暁美と母親も一緒に行くことになった。しかし、暁美は断固として反対し、この町から離れることを嫌がった。
それならばと、ちなつの母親が暁美を預かると提案する。その提案に、暁美と暁美の両親は賛成し、ちなつと暁美は最近一緒に住むことになった。
ちなつと暁美は、幼い頃に毎日のように遊んだことがある。しかし、暁美が成長するにつれて、ちなつは暁美を苦手に思うようになっていった。
何故なら、暁美の交友関係が、ちなつの苦手な分類の人達であったからだ。
ちなつは、お世辞にも明るい性格とは言えない。人見知りをしてしまい、活発な人達とは波長が合わず、あまり近づこうとはしない。
だが暁美は、ちなつの苦手な部類の人達と仲良くすることができる子であり、いつの間にか暁美も、ちなつの苦手な部類の人になっていた。
なるべく暁美と会う機会を減らしていたちなつだったが、ここにきて、もう逃げることが出来なくなってしまったのだ。
「で、でも……夕飯の買い物に誘ってくれるってことは、仲良くしてくれてるんだよね?」
「うん……でも、やっぱり……怖いな」
「怖い?」
「何か、こう……いきなりキレられたら……みたいな」
少ししか歳が離れていないはずなのに、相手が何を考えているのか分からない。暁美を避け始めてからは、余計に考えている事が分からなくなった。
このままではいけないと分かってはいるのだが、どうすればいいのか分からない。
「そっか……あ、そうだ。隣のクラスに、
「あー、うん。あのちっちゃい子だよね」
島崎
「島崎さんから聞いたんだけどね、島崎さんも青桐さんと同じで中学生の子と暮らしてるんだって」
「へー、そうなんだ」
「よかったら、島崎さんから助言とかもらえないかな?」
「あー……あはは、大丈夫だよ。私の悩みなんか、わざわざ聞いてもらうようなことじゃないし……」
ちなつは苦笑いをしながら、食べかけのおにぎりを最後まで食べ切る。
そんな姿を凛々子は心配そうに見ながら、何か力になれないかと考えているようだった。
「……ありがとう、凛々子ちゃん。私は大丈夫だから。もう少しして、時間が経てば、落ち着いてくると思うんだ」
「うん……でも、何か力になれることがあれば、何でも言ってね? 愚痴とかでもいいから、話してね?」
「あはは、ありがとう。あ、ほら、そろそろ教室に戻らないと。昼休憩がおわっちゃうよ!」
ちなつと凛々子はお弁当を片付け、急いで教室へと帰っていく。
そして、ちなつのポケットでは、スマホがチャットアプリの通知で、うるさく振動していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【十六時に、
「あ、やっと来た。ちなつ、遅いんだけど」
十六時を少し過ぎた頃。華百合駅前の大きなスーパーの入口付近に立つ女の子がいた。
女の子は、明るいベージュ色の薄手のロングワンピースに、少し大きめの黒色のローゲージカーディガンを羽織っている。
髪は、明るい茶髪に染めていて、ちなつと同じセミロングだが、パーマをかけている。
名は青桐 暁美。ちなつの従姉妹である。
「ぁ……ごめんね、ちょっと今日掃除当番が長引いちゃって、遅れちゃった」
ちなつは、少し怯えるように暁美の所へ近づく。
ちなつと暁美が並ぶと、身長の差が歴然であった。ちなつは、同学年の子達と比べると平均よりやや低いくらいだが、暁美は違った。暁美は同学年どころか、女子高校生の平均よりも身長が高い。
二人が並ぶと、暁美の方が年上に見えるほどである。
「十六時ってチャット送ってきたのちなつじゃん。アタシなんか、十分前から待ってたんだけど?」
「ぇ……ぅ……ごめん」
「あ、ところでさー。このカーディガンどう? さっき駅ビルの店で買ったんだー。似合う?」
「う、うん。とっても、似合ってると思うなー……」
「えっへへー、そーっしょ。 あ、それとそれと」
コロコロと変わる暁美の表情に、ちなつはとてもじゃないが、ついていけていない。こう言う会話は、慣れない。
ちなつは今すぐにでも逃げたい気持ちになるが、ここで逃げても家が一緒なので、逃げた後が怖い。
早く買い物をして帰りたい。ちなつは切実に願う。
「今日のご飯、何にするー? 叔母さん達今日も帰れないって言ってたから、アタシら二人分でいいし、適当に惣菜でいいよね」
「そう、だね。私は何でもいいかな……」
暁美の少し後ろを歩くちなつ。暁美は買い物カゴを持ちながら、好きな惣菜をカゴの中に入れていく。
「ちなつも好きなの入れなよ。アタシばっか入れてるよ?」
「う、ううん。暁美ちゃんの好きな物でいいよ……」
「……ふーん。じゃあ、これ入れちゃうよ?」
暁美は、ナスの揚げ浸しを手に取り、ちなつに見せびらかす。
「あ、あ……それは……うぅ」
ちなつは、なすびが大の苦手であり、口に入れることすらできない。しかし、暁美はニヤニヤと笑いながら、ナスの揚げ浸しをカゴの中へと入れようとしていた。
「ごめんなさぃ……それは、ヤダぁ」
「にゃはは、だったら好きな物入れないと、ね?」
「う、うん……」
ちなつは惣菜を選びながら、ふと暁美の表情をジッと見てみる。いつもは怖くてあまり見たことがなかったのだが、何故か今だけ興味が出る。
楽しそう。ちなつは、暁美の表情を見て思う。この表情は、昔一緒に遊んだ時の表情に似ている事を思い出す。
「なーに? アタシの顔になんかついてるー?」
「う、ううん。なんでもないよ」
「そう? ふーん、まぁいいや。とりあえず晩ご飯は、こんなものでいいかな。他にいる物あるー?」
「ううん、無いよ」
「オッケー。じゃあアタシ、お菓子コーナー行ってレジ行くから、ちなつはその辺で待ってて」
「うん、ありがとう。それじゃあ、待ってるね」
暁美は一人でお菓子のコーナーへと歩いて行く。ちなつは、暁美と離れたおかげで少しだけ緊張が解れたのか、小さくため息をついた。
やはり苦手だ。ちなつは、思う。
一緒にいるだけで息が詰まる。上手く話せているか分からないし、上手く笑えているのかも分からない。
だけど、このままじゃダメだ。自分から変わらないといけない。自分から歩み寄らなければ、何も変わらない。
「あれ? おーい、青桐さん」
「ふえ?」
考え事をしていたせいか、近寄る人物に気づかなかった。
「あ、
ちなつの目の前で手を振る女の子、名は
そして、凉子の隣にもう一人女の子がいた。
オレンジ色のアイシャドーと、少しグレーが混じったホワイトアッシュのミディアムヘアが目立つ女の子。デニムのショートパンツの下に黒のタイツを履いて、黒のブーツ。大きめの薄い紫色のセーターを着ている。低身長で、中学生くらいに見えるが、れっきとした女子高生である。
名前は、
「……と、鶴崎、さん?」
「そーだよー。おひさー。卒業式以来だねー」
「う、うん……」
愛唯が中学生の時と見た目がまったく違うことに、ちなつはたじろぐ。
凉子とは、中学の時にたまに遊んでいたり、高校では同じクラスであることもあって今でも交友関係はある。
しかし、愛唯は違う。ちなつの苦手な部類の女の子である。中学の時は会話すらろくにしたことがなく、凉子と遊ぶ時も愛唯がいれば、何か理由をつけて断ってきた。そして、卒業すれば尚更会うことも無くなる。
「青桐さんも買い物? 珍しいね、ここで会うなんて」
凉子は、買い物袋を持ち直しながらニコニコとしている。買い物袋の中身がチラッと見えた。ホットケーキミックスや、卵、牛乳、冷凍ミックスベリーなどが見える。
「あ、これ? 愛唯がホットケーキ食べたいって言い出してさ」
「私、料理できないからさー」
「そうそう。ってなわけで、今から愛唯の家で作るんだ」
「そ……そうなんだ」
普段、凉子と会話している時は緊張しないのだが、今は隣にいる愛唯の存在が大きすぎて、なかなか会話に集中できない。
「あ、そうだ! 青桐さんも、一緒にどう?」
「へ?」
「愛唯とも久しぶりに会ったんだから、プチ同窓会とか?」
「だ、ダメダメダメ……!」
自分でも驚くくらいの大きな声と、素早い切り返しをしてしまい、そのせいで余計に頭の中がパニックになる。
「えっと……その、ダメって言うのが、嫌だって意味じゃなくてね、えっ……と、その、従姉妹を待ってて……それで」
「あー、なるほど。従姉妹さんと買い物に来てたんだ?」
「うん、うん! そう、そうなの」
「そっか、ごめんね。あはは。困らせちゃったね」
凉子は、あたふたしていたちなつの頭を優しく撫でる。
「ううん、私こそゴメンね……」
ちなつは、また嘘をついたことに、罪悪感にさいなまれる。
中学の時と同じだ。何か理由をつけて、愛唯と遊ぶことを断る。何も変わっていない。
こんなことじゃ、暁美と向き合うことなんて無理だ。自分が変わることなんて、できやしない。
「大丈夫? なんか、顔色悪いけど」
突然、ちなつの頬にヒヤッとした冷たい何かが触れる。
「へ……?」
「風邪? 無理しない方がいいよー?」
ちなつの目の前には、ちなつの頬に手を触れる愛唯がいた。愛唯の手は冷たく、そして優しく触れている所が、少し心地よく思える。
「え、ぅぇぇえ? 鶴崎さん!?」
「あんまり無理しないほーがいいよ。今日はダメでも、また今度遊ぼうよ。ね?」
ニコッと、ちなつに向けて微笑んだ愛唯。そんな愛唯の笑顔を真正面から見ていたちなつは、心のどこかでズキッと何かが痛む。
「う、うん……また、ね」
「うん! じゃあね、バイバーイ」
「また学校でね、青桐さーん」
スーパーから手を振り出ていく二人を、ボーッと見ながら立ち尽くすちなつ。
怖くなかった。
ちなつは、愛唯の後ろ姿を見ながら思う。
あれだけ、中学の時に避け続けてきた愛唯が、そこまで怖くないことに気づく。
どうして私は、あそこまで怖がっていたのだろう。あの笑顔に、どこにも自分を傷つけるようなモノは無かった。
じゃあ、自分は何を怖がっていたのだろう。
想像の中で、自分を傷つける愛唯に怖がっていたのではないか。
実際に、愛唯から傷つけられることは一度もなかった。傷つけてくるのは、いつも想像の中の鶴崎愛唯だったのではないか。
それは、他の人にも言えるのでは……?
例えば……。
「ちなつ、おまたせー。ごめんね、ちょっとレジ混んでてさー……ん? どうしたの?」
「え、あ……ううん、何でもないよ」
「そ? じゃあ、早く帰ろうよ」
「うん……」
例えば、暁美はどうなのだろう……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます