第11話 愛唯と凉子~援交と拒絶~

愛唯と凉子~援交と拒絶~ 前編

 八月の上旬、学生達は夏休み真っ盛りであり、遊びに行ったり、部活動に明け暮れたり、受験勉強に励んだりと、各々の過ごし方をしている。

 時刻は午後十八時。華百合はなゆり高校の最寄りの、華百合はなゆり駅では、帰宅する人達や、夏休みなのでこれから遊びに行く人達で混み合っている。

 華百合駅は、駅内に飲食店や雑貨屋などの施設があり、少し大きめの駅である。


「んーっ、やっと帰れる。最近、なんか練習キツイ」

「えーっ、なずなはもっとユイナ先生といたかったなー」

「……アンタはそうだろうね」


 華百合高校の制服を着て、スポーツバッグを肩からかけている女の子が二人、駅に向かって歩いていた。

 一人は、目を奪われる容姿の女の子で、一番目立つのは髪だった。ロングウエーブをポニーテールにしていて、濃すぎないピンクアッシュ。背は高く、170センチくらいある。名は梅花うめはな なずな、華百合高校の一年生である。


「ま、明日から一週間部活休みだから、やっと家でのんびり休めるよ」


 なずなの隣で欠伸をしている女の子、名は柏木かしわぎ 凉子りょうこ。茶髪のショートヘアーで、少し日焼けをしている。華百合高校二年生で、なずなの部活の先輩である。背はなずなより低い。


「えー、リョウちゃんって友達と遊びに行かないのー? せっかくの夏休みだよー」

「私はいいよ。どっちかというと、一人でのんびりしたいの」

「あ、そっか。リョウちゃんって友達、なずなしかいないもんね」

「バカにしてるよねアンタ」

「エヘッ、冗談ですよリョウさーん」

「コイツ……調子いい時だけ敬語使いやがって」


 なずなは入部したての頃、その目立つ容姿せいで部活のメンバーから近寄りがたい存在であった。しかし、凉子はそんなことを気にせず、なずなの面倒をよく見ていた。その頃から、なずなは凉子と仲が良くなり、いつの間にか友達になっていた。


「なずなは、今日からユイナ先生の家に通い妻するんだー、エヘヘ」

「それは本人の同意を得てるの……?」

「ママは、せっかくだったらユイナ先生の家に泊まってきてもいいよって言ってくれたし」

「おい、質問に答えろよ」


 二人が仲良く歩いていると、いつの間にか華百合駅の南改札口前までやってきた。南改札口も、人が多く出入りしている。

 

「……あれ? 凉子じゃん。オッスー、おひさー」


 改札口の近くにある柱に、その女の子は少し気怠そうに寄りかかっていた。


 ピンク色のアイシャドーと、少しグレーが混じったホワイトアッシュのミディアムヘアが目立つ女の子。デニムのショートパンツに、黒のタンクトップ姿。低身長で、中学生くらいに見えるが、れっきとした女子高生である。

 名前は、鶴崎つるさき 愛唯めい、凉子と同い年であり、中学生の時の同級生である。


「ぁ……」


 愛唯に突然声をかけられ、凉子は足を止める。ニコッと笑っている愛唯の顔を見て、今までなずなとの何気ない会話をしていた凉子が、急に表情を強張らせた。


「ん? リョウちゃん? どーかしたの?」


 凉子が足を止めたことにより、なずなも少し遅れて足を止める。そして、凉子の目の前の人物を発見する。


「あれあれ? もしかしてリョウちゃんのお友達ー? なぁんだリョウちゃん友達いたんじゃーん」


 ニタニタと笑いながら、なずなは凉子の隣に立つ。そして、凉子の反応を待っていたのだが、いつもと様子が違うことを瞬時に理解した。


「鶴崎……さん。久しぶり、なんでここに?」

「えー、久しぶりに会ったのによそよそしいじゃん。傷つくなぁ。何年ぶりだっけ? もしかして緊張してる? かーわいいなぁ」

「……別に、前もこんな感じだったでしょ」


 明らかに居心地が悪そうにしてる凉子に、なずなは気づいている。なので、なずなはニコッと笑いながら凉子の少し前に出てきた。


「はじめましてー、リョウちゃんの友達のなずなでーす」

「あぁ、どうもー、凉子の親友の愛唯でーす」


 愛唯は片手にピンク色のカバーを付けたスマートフォンを持ちながら、なずなに両手を振る。それに答えるように、なずなも片手をひらひらと振る。


「あははっ、リョウちゃんに友達いないって思ってたから、何か違和感がすごーい」

「あーわかる。凉子ったら誰とでも仲良くなれるのに、友達を作りたがらないんだよねー」

「そうそう。皆から慕われているの分かってないんだよねー」


 初対面の二人だが、凉子という話題で少し盛り上がっている。

 そんな二人を見ていた凉子は大きなため息をつきながら、なずなの肩を掴み、愛唯から引き離すように後ろへ引っ張った。


「ちょっとリョウちゃん何すんのー!?」

「もういいでしょ。ほら、なずな電車の時間はいいの? 今日から先生の通い妻するんでしょ?」

「あ、そうだ。家に帰ってお泊まりセット用意しなきゃ!」

「……今日から泊まる気満々かよ」


 二人のそんな姿を見ていた愛唯は、ニコニコとしながら何か言いたげそうな顔をしている。しかし、そんな愛唯の様子に気づいている凉子は、あえて無視をしているように見える。


「えーっと……リョウちゃんの言う通りで、そろそろ電車の時間なんだけど、このまま行っちゃって大丈夫?」


 コソッと、なずなは凉子だけに聞こえるように心配そうに耳打ちをする。

 今まで聞いた事のない声で囁くなずなに、凉子は情けなくなってくる。自分の問題のせいで後輩を心配させるなんて、先輩失格なのだろうか。


 凉子はフッと小さく笑い、なずなの背中をポンポンと叩く。


「大丈夫だから。なずなは心配しないで。また学校で会えるの楽しみにしてるからさ」

「えーっ、学校じゃなくて、今週のどっか行ける日に遊ぼうよー」

「はいはい。そう言うことはまた連絡してよ。そろそろ行かないと本当に電車乗り遅れるよ」

「……うん」


 なずなはゆっくりと凉子から離れ、駅に向かって歩き出す。


「じゃあねーリョウちゃん! それとリョウちゃんの友達っぽい人もー!」

「はーい。後輩ちゃんも元気でねー」


 ひらひらと、愛唯はなずなに小さく手を振る。

 それに答えるように両手を大きく振りながら小走りで駅に走っていくなずな。それを、残された二人はなずなの姿が消えるまで見ていた。お互い無言で、特に凉子は一瞬たりとも愛唯の事を見ようともしなかった。

 だが、なずなが駅に入っていくのを見届けた凉子は、それを待っていたかのように突然口を開く。


「私もそろそろ帰るから。それじゃあね」


 早口だった。もはや会話すらしたくないのだろう。愛唯に一方的に伝え、凉子はそのまま目を合わせることもなく、なずなが行った方向と逆の方向へ歩き出そうとする。


「……私この後、援交しに街まで行くんだー」


 ピタッと、凉子の足が止まる。足だけでなく、息が数秒止まったような息苦しさが襲う。

 今、コイツは何と言った? 耳には聞こえていたが、頭の中では理解できない。


「は……?」


 ゆっくりと振り返る。先ほどまで、顔など見たくもなかった愛唯の顔を睨み付けるように、凉子はニコニコと笑っている愛唯の顔を見る。

 ニコニコと、ニヤニヤと笑う愛唯に、凉子は怒鳴りたくなったが、グッと堪えて一歩前へ愛唯へと近づく。


「あはは、やっと私の顔見てくれたー。何ー? そんな怖い顔しないでよー」

「いや、そう言うのいいから……え? 何? 何て言ったの? 援交って言った?」

「うん。そうだよー。夏休みってお金いっぱい必要じゃん」


 愛唯はケラケラと笑いながら、スマホをいじりだす。目の前で今にも爆破しそうな凉子を横目に、さらに燃料を投下する。


「今日初めて会うんだけどさー、一晩寝ただけで二十万くれるんだよ、ヤバいよね」

「いや……意味わかんない」

「もしかしたらさー、ちょっとおねだりしたらお金もっとくれるかなー」

「っつ……! アンタっ……本当に何も変わってないよね!」


 駅前、知り合いがいるかもしれない人が沢山いる場所なのにも関わらず、凉子は大きな声を出す。

 当たり前のことで、凉子と愛唯に視線が集まり、少しの間周りが静かになった。


「……ねぇ、うるさいんだけど」


 スマホを操作する手を止めて、愛唯は肩で息する凉子を見る。凉子はずっと愛唯を睨み付ける。


「アンタは……っ! いつもいつもそうやって人を心配させること言って……っ!」

「へぇー、心配、してくれたんだー」

「……っ!」


 ニタッと笑い、今度は愛唯から凉子へと一歩近づく。凉子はそんな愛唯に何も言えず動けず、その場に立ったままだ。


「嬉しいなぁ。中学卒業してから凉子って、電話も無視するし、チャットも返事どころか既読すらつけてくんなかったから、もう会っても他人みたいな反応されるんだろうなーって思ってたんだ」

「違う……そんなんじゃない」


 プルプルと、体が震えている凉子。すぐ側に愛唯が立っている、今すぐ離れないとさらに近づいてくる。それは嫌だ、一歩でもいい逃げたい。


「よかった、昔と同じだ。私の大好きな凉子のまんまだ」


 さらに一歩、愛唯は近づく。一歩、一歩、一歩……ゆっくりと。


「久しぶりだね、凉子……」


 凉子より背の低い愛唯は、凉子の膨らんだ胸に顔を埋めるように、ギュッと凉子を正面から抱きしめる。体温が人より高い愛唯の体は、凉子の肌に触れると、ジワリと汗が滲む。しかし、愛唯はそんなことを構う様子もなく、居心地のよさそうにしている。


「……止めて、近づかないで」

「だったら突き放せばいいじゃん。あの時みたいに」

「……っ」

「ふふっ、嘘だよ。そんな顔しないでよー」


 愛唯はニタニタと笑いながら凉子から体を離す。しかし、その代わりに凉子の手を握り、自分から逃げ出さないようにしているように見える。


「アンタ、本当に今から……援交、行くの?」

「うーん、本当だったらどうなの? 凉子には何も関係ないじゃん」

「それは……」


 そうだ。自分には何も関係なんてない。コイツがこの後どうなろうと、自分には何も影響ない。今ここで愛唯と別れて、次に会うのなんていつの話だ。そもそも、これから二度と会わないかもしれない。会わなければいい。

 でも、それでも、心のどこかに引っかかる何かがそれを許さない。


「ふふっ、昔から凉子は優しいね。何も変わってない」

「違う……優しくなんかない……」

「優しいよ。だって、あの日……凉子を穢した私のこと、心配してくれるんだもん」

「っ……」



 凉子の脳裏に刻み込まれた『あの日』が、強く鮮明に蘇る。


 雪の降る夜。

 凉子は、愛唯の家にいた。


 何気ない日常。友達の家に泊りがけの受験勉強をしに来ただけ。


 でも、日常が崩れた日だった。友情が壊れた日。


 愛唯の愛の告白。

 困惑する凉子。

 

 暴走する欲望。歯止めの効かない性欲。


 凉子は体験したことの無い恐怖で体が動かず、愛唯の行為に耐えるしかなかった。


 愛唯が正気に戻るも、手遅れである。


 一線を越えてしまえば、戻れない。


 二人はもう、友達には戻れない。

 

 凉子は、愛唯を拒絶する。


 拒絶した手の感触がいつまでも残る。


 拒絶した言葉が、頭の中にいつまでも響く。


 


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