第9話 朝美と夕子と歩夢~質問と愛と本当の気持ち~

朝美と夕子と歩夢~質問と愛と本当の気持ち~

 真冬の、透き通った青空が広がる午後二時。

 華百合はなゆり高校の部室棟は、体育館の隣に建っている。二階建てで、十畳ほどの広さがあり、生徒たちは各々好きなように使っている。

 そんな部室棟の、二階の一番端っこにある部屋。扉には、ドクロの人形や魔法陣のような模様が装飾されている。部屋の中からは、禍々しい雰囲気が漏れ出しているような気がしてくる。扉には【オカルト研究部】と書かれていた。


「深淵なる鍵の亡者よ我此処に来るべき刻々の後継者とならん導きを……」

「グフヒコビュンヂュウ……ビュウウヴ……ヂュアヒウェヴムヌォォウ……」


 部屋の中は、黒いカーテンで光を遮り、部屋の真ん中に小さな丸い机を置き、その上に大きな赤いロウソク三本に、火がついている。


「大いなる災いに向け空を落とし魔界天界妖界を繋ぐ天の門の涙よ」

「ヌナノメホフクコグルホカダヴォジフォクラフボクヲクエウゴコ」


 机を囲むように女の子が二人、黒のローブを被り、謎の呪文を唱えている。


「……あ、あのー……もういいッスか?」


 机から少し離れた場所に、椅子に縛り付けられた女の子が、苦笑いで謎の儀式を見ていた。

 城塚しろづか 歩夢あゆむ、華百合高校二年生。歩夢は、このオカルト研究部にしつこく勧誘されていて、少し困っていた。ずっと帰宅部だった歩夢、他の部に入部すれば勧誘も無くなるのではと考えていたのだが……。そんな矢先に、オカルト研究部に拉致られ、今椅子に縛り付けられている。


「黙れ。ちょうど今、この空間は現の理から外れた」

「これで、三人を邪魔するものはいないよ……クスクス」


 呪文を唱えていた二人の女の子が、ローブを脱ぎ、歩夢に近づく。


「歩夢、逃げようたってそうはいかない。じっくり虐めてやる」


 背が小さく、中学生くらいに見える容姿で、ツリ目の女の子、名は黒咲くろさき 朝美あさみ。華百合高校三年生で、オカルト研究部の部長である。


「あぁ……歩夢ぅ。私の歩夢……ふふっ」


 黒咲くろさき 夕子ゆうこ、華百合高校一年生。朝美の妹で、同じくオカルト研究部。夕子は朝美と違い、背が高くスタイルが良い。しかし、長すぎる前髪のせいで、不気味な雰囲気を出している。


「いや……その、別に逃げようとかそういうのじゃなくてッスね……その、なんていうか」


 二人の目線にたじろいでしまう歩夢。このまま自分は何をされるのか、怖くて想像すらしたくない。


「お? 言い訳か? いいぞ、いくらでも言え。無駄な抵抗とやらを聞いてやるぞ」

「可愛いねぇ、プルプル震える歩夢可愛いねぇ……」


 夕子は、歩夢を横から抱きしめ、頬擦りしている。


「ごめん、夕子。一応私、先輩なんスけど……可愛いは止めてください」


 椅子に縛り付けられているので、身動きをとることも叶わない状況の歩夢。何とかして逃げ出したいが、打開策が思いつかない。


「何だ? 言い訳は終わりか? まぁいい。おい、これを見ろ」


 朝美は懐から手のひらサイズの水晶玉を取り出した。


「……これは?」


 ロウソクの光を怪しく映している水晶玉に、歩夢は少しゾクッとしてしまう。


「いいから覗け。そこに、お前の本当の姿が見える」

「……ぇぇ」


 恐る恐る水晶玉に顔を近づける歩夢。しかし、何も変化はない。ただ、いつまでも頬擦りしてくる夕子に、歩夢はずっと不快だった。


「今から、オレ達が質問する。その質問にお前は正直に答えるだろう」

「……うん?」

「これは、この空間と月の光を浴びた水晶玉が導いた本当のお前の姿だ。どうだ、だんだんと素直なお前になってきただろう」


 歩夢はここまできてやっと理解した。今までの重々しい儀式は、自分に催眠術をかけるための儀式だったのだと。しかも、失敗している。


「えっと……」


 歩夢は、催眠術にかかっていないことを伝えようとしたが、言ったところで今より現状が良くなるはずが無い。なのでこのまま、催眠術にかかったフリをすることにした。


「では早速。質問だ」


 ゴクッと歩夢は唾を飲み込む。いったい何を聞かれるのだろうかと……。きっとろくでもない事なのだろうと。


「好きな食べ物はなんだ」

「は?」


 歩夢は思わず間抜けな声を出してしまう。しかし、朝美は自信満々の顔で質問を続けようとしてくる。


「聞こえなかったのか? 好きな食べ物だ。具体的には、お菓子だ」

「えっ……っと、自分はシュークリームが、好きッスね」


 その返事に、隣でハァハァとうるさい夕子が、突然クスクスと笑い始めた。


「シュークリーム……! ふふっ、私シュークリーム作れるよ……ふふっ」

「う、うん……すごいッスね」

「あぁぁああ! ほ……褒められたわ! 歩夢に! 私……が!」


 帰りたい。ただ歩夢はそう思っている。早く帰って、おやつの焼き芋を食べたいと思っている。


「クックック……良い情報だ。有効に使わせてもらうことにするよ」

「つ……次、私……! 歩夢……は、お風呂で体洗う時、どこから洗う……の?」

「……首からッス」

「首……ぃぃぃ……! そう……! そうなのね……! ふふふっ……ふひっ」


 いつ帰れるのだろうか、というか今は何時なのだろうかと、だんだんと歩夢は、目から光が消えていくような感覚がした。


「では、次だ。どんどんいくぞ。お前の全てを教えてもらう」

「はーい……ッス」


 次はどんなしょうもない質問なのかと、ボーっとしていた歩夢だったが、朝美の言葉に耳を疑った。


「……恋人は、いるのか?」

「え……あ、恋人ッスか?」


 そんなことを聞かれるとは想定していなかった歩夢は、さっきまでとは雰囲気が違う二人に、少し戸惑いが生まれる。


「ん? 何だ、質問を質問で返すなんて。もしかして術が解けたか?」

「いやいやいや、解けてないッスよ! あ、あぁ、恋人の有無ッスね!」


 これでまた術をかけ直すとか言われるのが、歩夢にとって恐怖以外の何でもない。


「恋人は……いないッスよ。ホントに」


 少し悲しい気持ちと、恥ずかしい気持ちで顔を赤らめてしまう歩夢。その言葉を聞いた二人は、なにやら安堵している。


「だよね……歩夢に恋人なんていないよね……ふふっ」


 夕子は、先程よりも柔らかな声になり、妙なテンションではなくなった。それよりも歩夢を抱き締める腕の力が、少し強くなる。


「ふふん。そうであろうな」

「んー……何なんッスか? 自分に恋人がいないのがそんなに可笑しいッスか?」

「そうではない。歩夢に恋人なんぞ必要無いからな」

「えっ、そんな酷いッスよ」


 相変わらず無茶苦茶なことを言い出したと、歩夢はため息をついて、朝美の顔を見る。


「次だ。次で……最後の質問だ」


 朝美の表情は、先程の発言とは思えない、思いつめられたような表情をしていた。


「お前は……その、オレ達のことが、嫌い……なのか?」

「はい?」


 朝美はモジモジと落ち着きが無くなり、夕子の抱き締める力がさらに強くなる。


「……オレは今まで、歩夢の気を引こうと、様々な事をしてきた。どうにかしてオレと夕子を見てくれるようにと……」

「私も……歩夢が可愛いくて……ついイジメちゃうことをしちゃった……。でも、それは……歩夢のことが好きだから……」

「そう。好きだから、色んなことをしてきた。でも、歩夢は振り向いてくれなかった……。そうだ……オレには分かっていた。こんなことをしても歩夢は見てくれるはずが無いって」


 朝美の目には、ジワっと涙が溢れていた。今にも零れそうで、壊れそうな。


「でも、オレ達には、他の方法が思いつかない……。バカなのは分かってる、だけど……こんなことしかやって来なかったオレには、このやり方しか知らないんだ……」

「朝美さん……」 


 歩夢の目の前に立っていた朝美は、力が抜けたように、ゆっくりと歩夢の膝の上に座った。小柄な朝美は、歩夢の膝の上にすっぽりと収まる。


「答えろ……どうなんだ」


 朝美の体が少し震えている。


「……嫌いなわけ、ないじゃないッスか」


 考えるよりも先に、口が動いていた。自分でもビックリしたが、ウソでは無い。本当の事だ。


「そりゃあ、四六時中部活の勧誘とか、急に抱き着かれたりとか、理不尽に罵られたりとか……嫌ッスけど、二人の事は嫌いじゃないッス。むしろ……その、好きというか……あ、友達としてッスよ!」

「歩夢……っ」


 朝美はついに涙を零してしまい、歩夢の正面から抱き着いた。


「ウフフフ……好きと言った。歩夢が私達を好きと……ふふっ」


 夕子も朝美に負けじとギュッと抱きしめる。


「ちょっ……待って、恥ずかしい……恥ずかしいから!」

「次は私の質問……」

「ひゃうっ!?」


 夕子は、歩夢の耳元で囁く。夕子の吐息に背筋がゾクッとしてしまい、歩夢は変な声が出てしまう。


「オカルト研究部……入ってくれる……?」

「そ、それは……」

「……ダメ、なのか?」


 今まで見たことない朝美の泣き顔と、耳元でいやらしく囁く夕子のせいで、思考がぐちゃぐちゃになってしまう。

 いつもなら断って、小言を二つ三つ言うところなのだが、今はこの二人を悲しませたくないという気持ちで溢れている。


「わ、分かったッス……もう、自分の負けでいいッス……」


 遅かれ早かれ、歩夢自身もいつかは根負けする日が来ると思っていた。それが今日だったのだと、諦めた。


「だから、朝美さんはもう泣かないでくださ……い?」


 歩夢が気づいた時には、膝の上に朝美の姿は無かった。相変わらず隣では夕子が愛を囁いているが、それだけだった。


「クックック……フハハハハハハハハ!!」


 部屋に朝美の高笑いが響いた瞬間、カーテンが全て開け放たれ、部屋に日の光が流れ込んでくる。


「うわっ……眩しい……!」

「ついに。ついにオレ達は勝った。クックック……これでお前は、我がオカルト研究部の物」


 机の上に立ち、誇らしげに腕を組みながら、歩夢を見下している。そして、朝美の右手には、ボイスレコーダーが握られていた。


「ま、まさか……自分を騙してたんッスか!? クッ……卑怯な手を……!」

「敗者の言葉など、負け犬の遠吠えにしか聞こえんなぁ。クックック……」


 歩夢はガクッとうなだれ、今までで一番の大きなため息をつく。


「そんなぁ……自分、朝美さんに好きって言ってもらえて……本当に嬉しかったんッスよ……。まさか自分を騙すための嘘だったなんて……うぅ」

「ち、違う! あれは嘘では……!」

「え……?」


 みるみるうちに真っ赤になっていく朝美の顔。


「ア……ア、アホー!! お前なんぞ嫌いじゃボケー!!」


 机の上から飛び降りた朝美は、そのまま逃げるようにオカルト研究部の部屋から飛び出して行った。


「え、ちょっ! 自分はどうすればいいんッスか!?」

「ふふっ……歩夢は……ずーっと、私達と一緒……」


 夕子は、歩夢を縛っていたロープを解き、ニコッと笑う。


「ようこそ……オカルト研究部へ……」





朝美と夕子と歩夢~質問と愛と本当の気持ち~ END

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