第6話 なずなと唯菜~ピンクと先生~

なずなと唯菜~ピンクと先生~

 今日は華百合はなゆり高校の入学式。華百合高校はいつもよりも華やかに飾られたり、隅々まで掃除がされていて、綺麗な姿を見せてる。

 校門前には、新入生を迎える準備をしている教師の姿があった。


「よし。こんなもんかなー。後、することはー……」


 池田いけだ 唯菜ゆいな、27歳。体育の教師で、三年前に華百合高校に就任した。唯菜は、着慣れないスーツを気にしつつ、この後の予定を確認している。


「唯菜先生。準備は全部終わりましたよ」


 唯菜がメモ帳とにらめっこしていると、後ろから声をかけられる。黒髪ロングがよく似合う、英語の教師の木下きのした あやだった。綾はニコッと微笑み、唯菜の隣に立つ。


「あ、そうなの。ありがと。あとは新入生が来るのを待つだけだねー」


 唯菜はグッと背伸びをして、大あくびをする。この姿を生徒に見られたら、笑われるであろう。

 そんな表裏のない唯菜の姿を見て、綾はクスッと笑い、入学式と書かれた看板に目線を向けた。


「楽しみですね、新しい子達。どんな子が来るんでしょう。皆いい子だといいですね」

「綾はすぐに懐かれんだろうねぇ……。アタシと違って。ははっ」


 口では笑っているが、唯菜の目は笑っていない。


「頭良くて綺麗で包容力もあるとか、完璧だよこの子は」

「そ、そんなことないです! 私なんかより唯菜先生の方が人気あるんですよ!」

「お世辞はいいよー。アタシ悲しくなってきちゃうからさー。ガラスだよ、アタシのハート」

「本当ですよ! どんな子にでも分け隔てなく接してくれるって皆言ってましたよ!」

「あはは、そういうことにしておくよ。アタシ、大雑把なだけだからさー」


 唯菜はまた大あくびをして、快晴の空を見上げた。先日までは雨が降っていて、久しぶりの良い天気である。


「そうだ、唯菜先生知ってますか、今年の新入生代表の子」

「いや、そう言えばバタバタしてて聞いてなかったか、ただ単に忘れちまったかも」

「新入生代表の子、名前がきし 恵美めぐみちゃんって言うんですけど」


 唯菜は、んーっと考えるが、どうも思い浮かばないようで、諦めた。


「わかんねえ。で、その子がどうしたの?」

「実は、恵美ちゃんは本来、新入生代表じゃなかったみたいなんです」

「ってことは、その前に辞退した子がいたってこと?」


 その問いに綾は苦笑いをして、あははっと笑う。


「違います。校長先生が、辞退させたんです」

「は? 辞退させた?」


 今まで聞いたことのない話に、さっきまで眠たかった唯菜は、目が覚めたようだ。


「名前は忘れてしまったんですけど、その子、入学式に合わせて髪の色を染めたようで」

「金髪とか?」

「ピンク色だったようです。いくら校則が緩い学校だからといっても、新入生代表がそのような髪の色でいいのかってなったようです」

「まぁ、そうなるよな」

「でもその子、『可愛くなった姿を見てもらいたいの!』って言って聞かなかったようで」

「そのせいで辞退させられたと……当たり前だろうな」


 唯菜は、ハハッと乾いた笑いが漏れて、これからの学校生活が少し心配になっている。


「今年の新入生はヤベェ奴が多い予感がするなぁ」

「そう言う事は言わない方がいいですよ。その子だって、実は入試で全教科満点を取っていて、優秀な子なんですよ」

「わぉ。人は見かけによらないってことか」


 話のオチが見えたところで、唯菜にまた眠気がやってくる。ボーっとした頭の片隅に、懐かしい思い出が一瞬、横切った。


「……そういや、あの子も今年高校生になるんだっけな」


 ボソッと、唯菜はとある女の子を思い出して呟く。それはほとんど無意識だった。フッと思い出して、何気なく口にしただけ。だが、綾の耳には聞こえていた。


「あの子? 唯菜先生って、妹さんがいたのですか?」

「ううん、いないよ。アタシには兄貴が一人だけ」

「じゃあ、あの子って誰ですか?」

「うん、昔つっても大学生の時なんだけど、母親の頼みで、近所の小学生の子に勉強教えてたんだ」

「へー、いいですねぇ。私、そういうの憧れてました」

「そんないいもんでもなかったけどなー」


 唯菜は、空を見上げてボーっとしている。透き通る青空が、あの子との思い出を鮮明に蘇らせる。何もしてやれなかった自分を嫌いになる、そんな思い出を……。





…………………………………………………………………………





 八月。外は38℃と、猛暑日である。

 そんな外とは違い、冷房のきいた涼しい小学生の女の子の部屋。ピンク色の家具が多く、可愛らしい部屋である。


「ユイナちゃんは、オトナになったら何になるの?」


 この部屋の所有者である、横谷よこたに なずなは、隣でジュースを飲んでいる、勉強を教えに来た唯菜に質問をした。


「大人になったら? いや、アタシはもう大人なんですけど。二十歳だよハ・タ・チ」

「ううん、ちがうー! だってユイナちゃん、まだガッコーに、いってるもん」

「学校は学校でも、大学だっちゅーの。なずなの行ってる小さい学校と違うんだよ」


 唯菜は大あくびをして、なずなのベットの上に寝転がった。勉強を教えに来た者とは思えない行動である。


「ユイナちゃん、おねむ? おべんきょうは?」

「今日は、休みー。ほら、なずなも一緒に寝ちまおう」


 唯菜はニカッと悪い笑みを浮かべて、なずなの頭を撫でる。


「うん! えへへー」


 なずなは喜び、唯菜の横に寝転がり、そのまま唯菜に抱き着く。


「おーい。お姫さん、暑いんだけど」

「なずなは、あつくないもーん。えへへー、ユイナちゃん、だいすき」

「ま、いっか。ふぁあぁ……眠い」


 二人はそのままぐっすりと、眠ってしまう。




―――――――――――――――――――――――――――――――




 十二月。

 なずなの部屋の窓の外では、雪が降っている。


「んー、わかんない」

「ゆっくりでいいんだよ。分かるまでアタシが側で教えるから」


 教科書とドリルを睨めっこしているなずな。横で唯菜は優しい声で勉強を教えている。


「ユイナちゃんって、先生よりやさしくて、先生よりおしえるのじょうず」

「そりゃどうも。でも、その言葉を先生に言うなよ。先生泣くぞ」


 クスクスとなずなは笑って、唯菜の顔を見上げる。


「ユイナちゃん、だいすきだよー」

「はいはい。アタシも好きだぞー。だから早く、その問題を解いてくれよー」

「ねぇねぇユイナちゃん。ユイナちゃんって、オトナになったら、先生になるの?」


 なずなは、母親から唯菜の今目指している事を聞いたようだ。


「あ、華代(はなよ)さん、なずなに言いやがったなぁ」

「ねーねー、先生になったら、なずなのクラスの先生になってくれるのー?」


 ニコニコと期待の眼差しで、唯菜を見つめる。唯菜は少し言いにくくなるが、隠しても仕方ないので、正直に言う事にした。


「先生つっても、小学生の先生じゃないんだよ。高校の先生だよ」

「えー……」


 さっきまでの笑顔はどこへやら、拗ねたような目をして、今度は唯菜を睨む。


「そんなリアクションされてもなー。仕方ねーだろ」

「……でも、なずなが、こーこーせいになったら、なずなの先生になってくれるよね?」

「さぁ、どーだろーな。なずなが、頭悪かったら高校生にもなれねぇぞー」


 ニヤッと笑い、なずながさっきまで睨めっこしていた教科書とドリルを指差す。

 なずなはハッとした顔になって、問題を急いで解き始めた。


「ハハッ、ゆっくりでいいっつったろ」

「かしこくなって、こーこーせいにならなきゃ!」

「そうか。がんばれよー」

 



――――――――――――――――――――――――――――



 二月。


「ユイナちゃん。だいすき、です」


 いつものように勉強を教えに来た唯菜だったが、いつもとなずなが様子が違うように思えた。

 なんだか今日は、しおらしい。


「うん? アタシも好きだぞー」

「……えへへ」


 いつもよりベッタリとくっついてきたりするが、我がままを一切言わない。甘え方がいつもと違った。


「なんかあったのか? 元気無いぞ」

「……ううん。なにもないよー」

「そっか……でも、何か言いたかったら言えよ」

「うん……」


 今日は、勉強を教えれるような状態じゃないと思った唯菜は、甘えるなずなを受け入れ、優しく頭を撫でた。


「そうだ、ユイナちゃん。なずなね、ユイナちゃんに、いうことがあったの」

「ん? なんだ」

「テストでね、100てんとれたんだよ」


 なずなはランドセルから100点のテスト用紙を出してくる。


「おぉ! やったじゃん!」

「えへへ、ユイナちゃんがおしえてくれたからだよ」

「何言ってんだよ。なずなが頑張ったからだ。よくやったよ、なずなは」


 唯菜は、なずなをギュッと抱きしめ、頭を撫でる。すると、なずなからすすり泣く声が聞こえた。


「ど、どうしたなずな」


 なずなが泣くところを見たことがない唯菜は、あたふたとしてしまう。


「ぅ……ぅうん、ちがう……の……っく……」

「なずな……」

「ねぇ……ユイナちゃん。どうやったら……ユイナちゃんが、なずなの先生になってくれるのかな……?」


 涙を必死にこらえようとするなずなだったが、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。


「それは……」


 普段は適当な事を言って誤魔化してきた唯菜。だが、今は真剣に唯菜を見つめる目が、そこにはあった。何故こんなに小さな子が、こんな目をしているのか唯菜にはわからなかった。だが、ここまで追い込まれる事があったに違いない。


「……アタシも、分からない。今だって、まだ先生になれるのかも分からない」


 なずなは涙を流し、唯菜の声を黙って聞いている。


「でも、勉強して勉強して、きっと先生になる。だから、なずなも、勉強して、今よりもっと賢くなって、アタシと同じ高校に来てくれたら、嬉しい」

「……うん、いく。ぜったい……い……っく……ぅぅえぇええぇん」


 なずなは、唯菜の胸の中で泣き、そのまま泣き疲れて眠ってしまう。



 そして次の日、なずなの姿が消えていた。



――――――――――――――――――――――――――――――



 なずなの両親が、離婚していた。理由は夫の浮気。

 なずなの母親、華代はなよは夫に離婚を突きつけると共に、なずなを連れて実家へと帰った。

 この町から離れる、そのことを知っていたなずなは、最後まで唯菜に別れを言い出せなかったのだ。

 たった一つ、また再会するという約束と共に、なずなは姿を消した。





………………………………………………………………………………………………





「唯菜先生? おーい、唯菜先生ー」


 ペシペシと頬を綾に叩かれ、ハッと現実に戻ってきた唯菜。


「あぁ、ごめん。なんでもないよ」

「まぁ、いいですけど。そろそろ新入生の子達が来ちゃいますから、職員室にいったん戻りましょう」

「はーい。あ、先に戻ってて。そこの自販機でお茶買うわ」

「もーっ、怒られても知らないですよ」


 綾は少し怒って、先に職員室へと行ってしまう。

 一人残った唯菜は、校門前にある自販機へと近寄る。


「……ま、あの子はあの子で、何処かで元気にやってんだろうよ」


 誰に言うわけでもなく、少し大きな独り言を呟きながら、自販機のお茶を買う。ガコっと音を立てて、お茶が落ちてくる。唯菜がそのお茶を取ろうとした時だった。


「ユイナちゃん!」


 一瞬、幻聴だと思った。唯菜の背後から、懐かしい声が聞こえた。忘れたくても、忘れられなかった声だった。全身に、ゾクッと電気がはしる。


「ぇ……」


 振り返ると、そこには目を奪われる容姿の女の子が立っていた。

 一番目立つのは髪だった。ロングウエーブの髪型に、濃すぎないピンクアッシュ。

 背は高く、170センチくらいあり、唯菜より大きい。メイクもバッチリとキメていて、高校の制服を着ていなかったら、高校生に見えない。


「やっぱユイナちゃんだー!!」

「え……あ、あれ……?」


 思っていたのと違い、唯菜は考える。もしかしたら違うのかもしれない。そうだ、おそらく違う。唯菜は人違いなんだと確信する。


「ユイナちゃーん! なずな会いたかった! えへへー、ユイナちゃんユイナちゃん」


 ガバッと、なずなはポカンとしている唯菜を抱きしめた。色々と成長しているなずなは、柔らかく、香水でもつけているのか甘い匂いがする。


「……うん。オッケー……人違いじゃない」


 なずなだった。思い出の中のなずなとはかけ離れた姿だったが、本物だった。


「ユイナちゃん……ユイナちゃん……会いたかったよぉ」

「ちょっ、なずな、嬉しいのは分かるから、落ち着こう、ね?」


 なんとか抱きしめる手を離させようとしているが、離れない。


「ヤダ。えへへー、ユイナちゃーん」

「ちょっ……! 変なとこ触ってる! コラッ!」

「あ、そうか。これからはユイナちゃんじゃなくて……」


 ニコニコと、なずなは唯菜の目を至近距離で見つめ、頬を赤らめる。


「ユイナ先生、だよね。……チュッ」


 そして、唯菜の頬に軽いキスをする。

 校門前の道には桜が咲き乱れ、新しい生活の幕開けを彩っていた。




なずなと唯菜~ピンクと先生~ END

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