第37話

「一般論的な理想にこだわるわけじゃないんだろ」

「そんなことにはこだわりませんけど……いままでは、わたしと縁のある人に出会えなかったのよね、きっと」

 絵里はコーヒーカップを取りあげると、それを両手でそっと支えるようにした。絵里のそのような仕ぐさがかわいらしく見えた。

「出会いを待つのもいいけどさ、縁を作るようにしたら、もっと早く見つけることができるはずだよ。男にだって同じことが言えるんだけど」

「男の人にとっても一般論的っていうか、そういうのはあるんでしょ」

「あるだろうな、たぶん。でも結果としてはやっぱり縁だろうな」

「いまつき合ってる人とは縁があったわけですね」

 坂田が伝えたはずだから、絵里が佳子のことを知っているのは当然のことだったが、その言葉に僕は不意をつかれた。あのとき坂田になにも話さなければ良かった、という想いが心の端をよぎった。

 僕にはつき合っている女がいるということを知って、絵里はむしろ気楽に僕に接することができたのかも知れない。絵里は内気な性格に見えたが、その日ははじめから、思ったよりもうちとけた態度を見せていた。そのわけがわかったような気がした。

「そうだろな、たぶん。一般論的にどうとかいうことは、少しも考えなかったからな」

 絵里がうなづいたのを見て僕は続けた。「もしかすると、僕のようなのは一般論的には対象外じゃないのかい」

「でも結果的には松井さんを好きになった人が現われたわけでしょう」

「そうか、やっぱりおれって一般論的じゃないんだ」

「ですけど、松井さんってすてきですよ」絵里はにこやかな笑顔を見せて言った。

 絵里にしてはずいぶん大胆な言葉だと思った。同時に僕はここちよくくすぐられたような気持になった。

「僕のことはもういいよ。それよりも、絵里さんがボーイフレンドを見つけるための方法を考えようよ」

「教えてもらえるとうれしいですけど」絵里が再びにこやかな笑顔を見せて言った。「どうしたらいいんでしょう、早く見つけるためには」

 コーヒーカップを口にはこんだ絵里は、唇をかるく触れただけですぐにそれを離した。僕はそんな絵里を見ながら、絵里のために役に立ちそうな話をしてやろうと思った。

「だいぶ前に新聞か雑誌にでていた話なんだけどな、これは。東京駅で新幹線に乗ってから、隣り合った乗客どうしがどんな会話をするのか調べたんだよ。大学の心理学研究室だったと思うけどな、それをやったのは」

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