第36話
「洞察って、絵里さんのことをかい」
「そう、たとえば、休みの日にはどんなことをしてるのか」絵里は両手で持っていたコーヒーカップをゆっくりとまわしながら言った。「あるいは・・・・ボーイフレンドはいるのかどうか・・・・たとえばそんなこと」
絵里がボーイフレンドという言葉を口にしたとき、僕は心の揺れをおぼえた。坂田が僕に絵里を紹介しようとしたのは、絵里にはつき合っている男がいないからだ、と僕は思い込んでいた。絵里の言葉を聞いて、もしかすると、絵里にはボーイフレンドが居るのかも知れないと思った。
「むつかしいな、ボーイフレンドについての洞察なんていうのは」
「だから・・・・そのことも含めて、ようするに私のこと」
「居るんだろ、ボーイフレンド」
「さあ、どうでしょう。どう思いますか」
絵里は僕に笑顔を向けたまま、コーヒーカップを口へはこんだ。
その様子を見て、絵里にはボーイフレンドがいないような気がしたけれども、僕は「もちろん居ると思うよ。だってさ、絵里さんをひとりにしておくなんて、もったいないからな」と言った。
絵里の眼が、笑顔の中で驚いたように大きく開かれた。絵里はコーヒーカップをテーブルに置き、カップに手をそえたまま顔をあげた。
「居ないんですよ、わたし、ボーイフレンドって。短大の頃だって。だからね、ボーイフレンドを持ってる友達がうらやましかったの」
「今までいなかったなんて不思議だな。もしかしたら、ボーイフレンドが欲しいと、本気で願っていなかったんじゃないのかな、絵里さんは」
「そういうのって、やっぱり縁だと思いませんか」
「銀行にもたくさん居るんだろ、良さそうな人が」
「そうね、一般論的にいい人は、いっぱい居るような気もするんだけど」
「なんだよ、一般論っていうのは」
「理想的な恋人の条件というのがあるんですって。そういう意味では、銀行にもいろんな人がいるんですけど、とくにこの人はというひとはいないのよね、わたしの場合には」
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