第30話
どんなに実験をくり返しても、成果らしいものはほとんど得られなかった。とはいえ、僕は実験装置の取り扱いにすっかり慣れて、小宮さんから試作の作業をまかされるようになっていた。
僕と小宮さんは時おり吉野さんの職場をたずね、実験データについての意見を聞いた。吉野さんは親切に指導してくれただけでなく、あとで電話をかけてきて、自分の意見を補足するようなこともあった。吉野さんは自分の仕事で忙しかったはずだが、いつでも気さくな態度で相談に応じてくれた。
僕には月曜日の会議が疎ましいものになった。野田課長はいらだちを隠さず、きつい言葉で課員を責めた。野田課長のそのような姿に、僕は疑問をいだきはじめた。
僕の課の四つのグループは、いずれも困難な技術上の課題をかかえていた。困難な課題だからこそ開発に意義があるはずだが、そのような開発が予定通りに進むとはかぎらない。試作の遅れにいらだつ野田課長の姿とその言動に、僕は憎しみすら覚えるようになった。
実験室で小宮さんとふたりきりになったとき、僕は野田課長に対する不満をぶちまけた。
僕の言葉に同意した小宮さんは、「野田さんは猛烈社員流のやり方から抜け出せないんだよ」と言った。
「こんなにがんばってるんだから、僕たちだって猛烈社員じゃないかな」
「もちろん、おれたちだって随分がんばってるさ。だけどな」と小宮さんが言った。「目標に向かってがんばるのと、野田さんみたいに無理な計画を立てて、それを達成するためにがんばるのとは違うはずだろ。ああいうのを猛烈社員型って言うんじゃないのかな」
「猛烈に働いて、たくさん作ってどんどん売って、それで日本は豊かになったわけですよね。だけど、日本人の生活というのはそれ程でもないんでしょ。外国とくらべて住宅が狭すぎるし、通勤には時間がかかりすぎるし。新聞や週刊誌にはそんなことが載ってますよね。日本の誰なんだろう、豊かになったのは」
「会社だろ、もちろん。あのグラウンドを見ろ。土地を買ってあんなに広くしたじゃないか。だけどさ、一番得をしているのはアメリカ人じゃないのかな。誰かが言ってたぜ、日本人はアメリカ人の豊かな生活のために、汗水たらして働く奴隷みたいなもんだって」
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