第2章 その妹
第28話
演奏会場となる建物に近づくと、入口の近くに坂田の姿が見えた。意外なことに坂田は女をつれていた。坂田からは知らされていなかったが、妹をつれて来たらしいとすぐに察しがついた。
「わるいな、待たせたか」と僕は声をかけた。「妹さんか」
「ああ、せっかくだからつれてきた。妹のエリだ」
なぜか照れたような表情を見せながら坂田が紹介すると、その妹は、「はじめまして、エリです」と言って、かるくおじぎした。きれいな眼がまぶしかった。
「俺よりも妹のほうが楽しみにしていたんだ、今日の音楽会を」
「クラシックは初めてなんです。一度は聴いてみたいと思って、兄についてきました」
つつましやかな口ぶりだった。そのものごしに、控えめな性格が表われていた。
建物の入口を入ったところで、2階の座席へ向かう坂田たちと別れることになった。
「それじゃ、あとで」と僕は坂田に向かって言った。
僕はその妹にも声をかけようとして、どのように呼びかけようかと考えた。そのとき、その妹が笑顔を見せて、「エリです」と言った。僕はその言葉に誘われるように「エリさん」と呼びかけ、「クラシックなんて、気楽に聴けばいいですよ。聞こえてくる音を聴いてるだけでいいんだから」と言った。
開演を待ちながら僕は思った。坂田といっしょに飲んだとき、坂田は妹を紹介すると言っていた。坂田は妹を紹介するつもりでつれてきたのかもしれない。機会をみて、佳子のことを坂田に知らせよう。
演奏会がおわったあと、僕たちは会場の外で落ち合った。
「どうだった、坂田」僕は坂田に感想をもとめた。「会社のCDで聴くのと違ってたか」
「演奏するのを見ながら聴くのもいいもんだな。だけど、楽器を演奏している人の動きに気をとられるんだよな、俺は」
「珍しいからだろ」
「終わる頃には眠かったけどな。でも良かったよ、クラシックの音楽会というものを体験できて」
「俺だって、家でLPを聴くときには、しょっちゅう居眠りしてる。演奏会で眠るなんていうのは最高のぜいたくだよ」
絵里が笑った。遠慮ぶかそうな小さな声だった。
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