第26話

 金曜日の夕方、バスを待っていると、大きなバッグを手にした坂田がやってきた。坂田はたくさんの洗濯物を持って、墨田区の両親の家に帰ろうとしていた。バスと電車を乗り継いで三鷹駅につくまで、僕は坂田といっしょに過ごすことになった。

「クラシック音楽のことだけどな、おれにも少しはわかるような気がしてきたぞ」

 電車の中でとうとつに、坂田が意外なことを口にした。しばらく前に坂田と話し合ったとき、クラシックには興味がないと聞かされたばかりだった。

「たった1週間でえらい変わりようだな」

「試聴用のCDの中にいいのがあるんだよ。試作中のアンプで聴いてみて、クラシックも案外いいものだと思ったよ。ラジカセで聴いてもわからないのかな、クラシックの良さというのは」

 寮の自分の部屋でクラシック音楽を聴いてみたいので、ボーナスが出たらオーディオ装置を買うつもりだ、と坂田は話した。初めてのボーナスが支給される日が近づいていた。多くのボーナスを期待できない新入社員だったけれども、僕たちにはそれが待ちどおしかった。

 クラシック音楽に興味を覚えたらしい坂田に、1週間ほど先の演奏会のことを話すと、坂田は僕といっしょに演奏会に行きたいと言いだした。入場券が手に入るかどうか分からなかったが、プレイガイドへ寄ってみるという坂田に、演奏会の名称や演奏曲目などを書いたメモ用紙を渡した。


 毎日のように資料や文献を自宅に持ち帰り、翌日の朝がつらくなるとわかっていても、夜おそくまでそれを調べた。仕事に熱中するそんな日々を過ごしながらも、佳子との週に1度のデートを欠かすことはなかった。

 そのようなデートをした土曜日に、佳子が僕の家を訪ねたいと言いだした。佳子がかけてきた電話に母が応じることも多かったから、母と佳子は以前から声を交わしていたことになる。親しく言葉を交わしてきたのだから、そろそろ会ってもよいではないか、と佳子は言った。いきなり聞かされた要望だったが、佳子の気持ちを思ってすぐに同意した。

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