第23話

 僕が実験に加わってからひと月が過ぎても、試作は少しも進まなかった。製品化されているスピーカーは先輩たちの努力の結晶であり、それを越えるものを容易に作れるわけがなかったのだが、少しも進展しない試作に僕はあせりをおぼえはじめた。その職場で6年目になる小宮さんは、そんな僕をはげましながら試作を進めようとした。

 複合材料の利用を思いついたのは、図書室で学術雑誌を見ているときだった。性質の異なる素材を組み合わせることにより、優れた特徴を引き出そうとするその考え方は、スピーカーの材料にも応用できそうに思われた。僕はすばらしいヒントを与えられたような気がした。僕は昼休になると図書室へ行き、参考になりそうな資料をしらべた。

 そのアイデアが浮かんだのは、会社から帰る途中の電車の中だった。家に着くなり自分の部屋にこもって、そのアイデアを具体的な形にするための検討を始めた。

 それからの数日、夜おそくまで知恵をしぼってアイデアをまとめた。単なるアイデアのままに終わらせたくはなかったので、それを開発案として提案することにした。

 そこまでのすべてを自宅で進めていたし、小宮さんにはそのことを話してもいなかったので、いきなり提案書を見せて小宮さんを驚かすことになった。その提案書を検討するには時間がかかりそうだからと、小宮さんはそれを自宅に持ち帰ることにした。

 翌日になって小宮さんが返してくれた提案書には、数ヶ所にエンピツで意見が記入してあった。最後のページには、〈良く考えられたアイデアであり、検討してみる価値はあるが、振動板の重さが気になるところだ〉というコメントが記入してあった。

 僕はそのアイデアに自信があったので、すぐにも課長に提案したかった。小宮さんは野田課長の反応を気にしていたが、提案することには反対しなかった。僕は勇んで野田課長の席へ向かった。

 僕の説明を聞きながら提案書を見ていた野田課長は、僕が途中まで話したところで口をひらいた。

「君はまだわかっていないようだな、会社で仕事をするということの意味が」

 なぜ咎められるのか分からないまま、僕は野田課長を見つめた。野田課長の威圧的な眼に、会議の席で部下を責めるときと同じような冷たさを感じた。

「いいか、松井くん」と野田課長は続けた。

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