第20話
土曜日の午後おそく、1週間ぶりに佳子と会った。
佳子は両親や妹といっしょに埼玉県に住んでおり、英語の教師として県内の中学校に勤務していた。佳子と会うために、僕は毎週のように埼玉まで出かけた。電車とバスを乗り継いで行くこともできたが、多くの場合、借りた父の車を運転して行った。車の運転を楽しむことができたし、その方が僕にとっては便利でもあったが、その土曜日は武蔵野線の電車を利用した。
従妹の幸子が佳子を紹介してくれたのは、まだ大学が冬休中だった前年の正月だった。佳子は幸子の同級生であり、僕と同じく大学の3年生だった。他には女の友達がなかったし、佳子とは気が合ったので、それ以来、僕は佳子と親しくつきあった。
その3月に佳子が大学を卒業し、故郷の埼玉で教師になってからは、土曜日の午後か休日にしか会えなくなった。
その日も、いつものように佳子と早めの夕食をとった。アルバイトの収入が頼りだった学生時代とちがい、サイフの中身を気にすることはなかった。
「もしも私がお見合いをすると言ったらどうする、滋郎さん」いたずらっぽい笑顔を見せて佳子が言った。
とうとつにおかしな冗談を聞かされたような気がした。
僕は佳子の笑顔を見つめながら言った。「なんだよ、いきなり。佳子がどうして見合をするんだよ」
「もっとびっくりすると思ったのに・・・・。でも、ほんとよ。どうする、滋郎さん」
佳子は両ひじをつき、組んだ手にあごを乗せたまま、挑発するような言い方をした。佳子の笑顔が僕のとまどいを楽しんでいた。
「じらさないで言えよ。何があったんだ」
佳子は1週間前の日曜日に起こったできごとを話した。約束していた訪問先でひとりの男を紹介されたこと。それが意図して仕組まれたものだったと知って驚いたこと。自分たちにとっては事件といえるそのできごとを、僕たちはデートの話題にして楽しんだ。
静かに流れていた音楽がトロイメライに変わった。僕たちはチェロで演奏されるトロイメライに送られながらレストランを出て、店の駐車場で佳子の車に乗った。
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