第19話
日本の政治の現状をなげく坂田と話していて、僕は1週間前に会った高校時代からの友人を思いだした。新聞社に入社したばかりの友人は、ジャーナリストとしての夢を熱心に語った。友人と話し合って以来、ジャーナリストというものにたいして、僕は正義漢のイメージを抱いていた。僕が友人のことを話すと坂田は言った。
「正義感を持たないジャーナリストなんて存在価値が無いだろう。それにさ、なによりもだよ、ジャーナリストには見識や良識といったものが必要だと思わんか。ひとりよがりでわがままな正義をふりかざされたら、迷惑をこうむるどころじゃないからな」
「さっき話したような政治家は、要するに存在価値がないわけだ」
「政治家になってほしくないのは利己的な奴だ。政治は政治家のためのものじゃないからな。使命感や正義感、勇気に倫理感……もちろん実行力も必要だ。とにかく、いろいろあるけどさ、政治家にはどれも必要なんだよ。そう思わんか」
坂田の話に触発されるままに僕は考え、そしてしゃべった。酔いにまかせてしゃべっていると、いつになく自分が知的になっているような気がした。
坂田はずいぶん酔っていたはずだが、話の内容や議論の展開には少しも乱れたところがなかった。政治や社会について語っている坂田は、しらふの時よりもむしろ理知的に見えた。僕は坂田に敬意を表わしたくなった。
「いろんなことを知ってるし、随分考えてもいるんだな。お前をみならって少しはおれも考えることにするよ、政治とか社会のことを」
「お前だってよく考えてるじゃないか。よかったよ、久しぶりにこんな議論ができて。おれが知っているのは、新聞で読んだ程度のことだけど、たまにはこんな話をするのもいいもんだよな」
いつかまた、このような機会を持ちたいものだと僕は思った。
まわりには僕たちと同じように、大声で議論をしているグループがあった。僕たちはときおり何かを注文し、たまにビールを追加しながら、長い時間をそこで過ごした。
店を出たときにはふたりとも深く酔っていた。ふらつく坂田をささえるようにして立川駅へ向かった。
坂田は高尾行きの電車に乗るまぎわまで僕に語り続けた。坂田の別れのあいさつはプラットホームに響きわたったが、それがまわりの人に与えた不快感はそれほど強くはなかっただろう。声は乱れていても言葉はじつに爽やかだった。僕もずいぶん酔っており、悲鳴をあげそうな胃を抱えていたが、それでも気分は爽快だった。
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