第16話

 坂田とはじめて言葉を交わしたのは、入社して三日目のことだった。新入社員研修が始まり、学生気分の残滓を払い落とされた日だ。

 ひとつのプログラムが終わった休憩時間に、隣の席で資料を見ている仲間に話しかけてみた。それまで互いに口をきかなかったが、気さくな口調で応えてくれた。胸につけた名札に坂田とあった。

 その会社を選んだ理由や、仕事に対する夢を語り合っているうちに、僕と坂田は意気投合し、研修はいつも並んで受けるようになった。

 坂田も東京の生まれで、大学は違うけれども、僕と同じように電子工学科を出ていた。家族と暮らしていた墨田区からでは、通勤に時間がかかり過ぎるということで、坂田は工場に近い独身寮に入っていた。

 初めての給料が振り込まれた日に、僕は坂田と飲みにでかけた。渡された給料袋には明細書しか入っていなかったけれども、記念すべきその日を坂田と祝いたかった。

 飲み歩いた経験を持たなかった僕と坂田は、立川の街をうろついたあげくに、学生がコンパの後で入りそうな雰囲気の店に入った。

 僕たちはビールを飲みながら話し合った。日本が工業国として発展し続けようとするのであれば、企業間の競争がいかに激しかろうと、製造業で働く者を経済的にもっと優遇すべきではないか。

「ほんとはな、おれも少しは興味があったんだ、もっと給料がいいところに」と坂田が言った。「銀行なんかに入ったのも結構いるんだよ、おれの同期の奴にも。データや情報の処理をやるんだろうけどな」

「コンピュータをやるしかないだろな、おれたちが銀行に入ったとしたら。お前には向いてないような気がするけど」

「だからやめたよ、そういうところは。せっかくいろんなことを勉強したのにさ、好きでもないコンピュータの仕事に限定されたくないからな」

「4年もかけて仕入れた知識だからな」と僕は言った。

 そうは言ったけれども、僕はそれほどまじめな学生ではなかった。朝寝坊の僕は1時限目の講義をほとんどさぼっていた。

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