第15話
高校生になると、参考書を読むだけではあきたりなくなって、こづかいを貯めては電子工作に励むようになった。オーディオをきっかけにして入った道だが、高校時代に作ったのは、トランシーバなどの実用品だった。
電子回路の独学が、数学などの成績をおし上げてくれたけれども、不得手な教科がいくつかあったので、大学の受験では1年ほど浪人生活をした。
大学に入って2年が過ぎたころには、将来の就職希望先がすでに決まっていた。音響機器や映像機器を製造する会社で、父が愛用していたスピーカーのメーカーでもあった。僕はどうしてもその会社に入りたかった。筆記試験につづいて行なわれた面接試験では、それまでに蓄えていた知識を披瀝しながら、スピーカーの開発に対する意欲をけんめいにうったえた。そのような働きかけが功を奏したのだろうか、望みがかなって採用されることになった。
そして、僕は大学の電子工学科を卒業し、かねてから希望していた会社に入社した。ぶじにそこに就職することができたので、その会社でスピーカーを開発したいという夢をなかば実現できたような気がした。
通勤を始めてから苦労したのは朝寝坊のくせだった。目覚まし時計を手の届かないところに置いて、ベルをとめた後でふたたび眠ることがないようにするなど、自分なりに努力をしていたのだが、母が用意してくれた朝食をとらずに家を出ることもめずらしくはなかった。
毎朝7時に家を出てバス停に向かった。三鷹市の南はずれで深大寺にも近いその辺りには、いなか町に似た風情があって樹木が多い。通勤を始めてからしばらく経つと、道すじの眺めはあわただしく変わった。家々の庭の落葉樹が葉をひろげ、生け垣の花が道をかざった。幼い頃から通いなれた道だが、朝の光のなかで見るその光景は新鮮だった。それはおそらく、そのような時刻に外出したことがなかったからだろう。
三鷹駅で下りの電車に乗ったあと、さらにバスを乗りついで工場についた。そこまで付きそってきた寝不足感をふりはらい、気持ちを引き締めて僕は工場の門を入った。
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