第13話

 閉じたまぶたの裏に雲海がひろがる。雲海が次第に明るさを増す。雲の波間にただよっているような気分だ。波の裏から湧きでるように記憶が浮かぶ。その記憶に情景がかさなる。記憶に伴う感情と想いが、胸の奥からにじみ出てくる。

 大学を卒業したばかりのあの頃、太陽光発電には関心がなかった。僕が目指していた目標は、すぐれたスピーカーの開発だった。

 絵里と出会ったのは、スピーカーに取りくみ始めてから間もない頃だった。仕事に情熱をもやす一方で、感情に引きずられるままに絵里とつきあった。単純で未熟だった僕は、都合よく事態が運ばれることを安易に期待し、優柔不断な自分を甘やかしていた。そして結局は、未熟な自分を嘆くという結果になった。とはいえ、あのように未熟だったからこそ、今の自分があるのだと言えなくはない。あの頃の僕が、そのことに思い及ぶことはなかったのだが。

 あれから16年の歳月が流れて、僕は今ここにいる。日本を遠く離れたロンドンで、ようやくにして絵里に祝福の言葉を贈ることができた。自分の未熟さを意識し続けることから、どうにかこれで決別できそうな気がする。

 もしかすると、僕は人生の過程で必要としていたのではなかろうか、あの年のいくつかの出会いと体験を、さらにまた、それらを起点に新たな道へと踏み出すことを。悔恨と反省をしいられるなかで、僕は未熟さからの脱却を願った。出会いと体験からは希望と夢を与えられ、技術者として生きる道の方角を選んだ。

 それにしても、人生とはほんとうに不思議なものだ。僕は中学校の1年生まで成績劣等生だった。その僕が、今は技術者としてこんな生き方をしている。あのオーディオ装置が僕の部屋になかったならば、そして、あの時期に僕が音楽につよく惹かれなかったならば、僕はどのような人生を歩むことになっただろうか。

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