第6話
絵里の声は明らかに僕からの電話を受けいれていた。懐かしさを隠さないその声にほっとしながら、僕は電話をかけるに至ったわけを話した。太陽光発電に関わる学会に出席するため、数日まえからフランクフルトにいること。ロンドンのすぐ近くまで来ていながら、絵里に声をかけずに帰国するのは失礼だと思い、坂田から電話番号を教えてもらったこと。
ぎこちない雰囲気になるどころか、僕たちの会話はむしろ快活にはずんだ。
受話器を通して聞こえる絵里の声は、記憶していたそれと変わらなかった。誠実な人がらがにじみでるような話しぶりも昔のままだった。
明るくはずんだ会話に気持ちが昂ぶっていた。受話器を置くとすぐに立ちあがり、僕はしばらく室内を行ったり来たりした。懐かしさと満足感が、そして、ほっとするような気持ちがあった。
ベッドの上で仰向けになり、絵里との会話を思いかえした。絵里の声を耳に甦らせながら、僕はあらためて思った。絵里の声は以前のままだった。話し声から受ける印象も、あの頃の絵里を想わせるものだった。
絵里の姿が思い出された。草原の風に髪をなびかせながら、嬉々とした笑顔をうかべている絵里。その笑顔にはまだあどけなさがある。うつむきかげんに去ってゆく絵里のうしろ姿が、悔恨の感情をともなって思い出された。あのとき絵里は21歳だった。あれからすでに16年が経っている。声は以前と変わらなかったが、絵里の笑顔とあの瞳は、付き合っていた頃のままであろうか。
白い天井を見ながら、絵里に会ったものかどうかと考えた。できればロンドンに立ち寄ってほしいと言った絵里に、航空券が手に入りさえすればそのようにすると答えた。懐かしさに駆られるままに電話をかけたけれども、会うことには気おくれするようなところがあった。絵里の声を聴いたらますます会ってみたくなったが、絵里は本心から僕に会いたがっているのだろうか。空港に出向くことが、絵里の負担になりはしないだろうか。
つぎの日、その翌日のルフトハンザ航空の予約をキャンセルし、かわりにロンドン経由で帰国する手続きをした。それをすませてから絵里に電話をかけて、ロンドンに寄り道することを伝えた。絵里の喜ぶ声がうれしかった。ヒースロー空港での手続きに時間を要しても、絵里とゆっくり語り合うことはできるはずだった。
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