第3話

 それからの2ヶ月を、僕は時間に追われながら過ごした。休む暇もないほど忙しかったが、間もなく訪れるヨーロッパと、そこで暮らしている絵里のことが心にうかび、しばしば仕事の手をとめさせた。日本を遠く離れたロンドンで、絵里はどのような日々を送っているのだろうか。もうすぐそのヨーロッパへ行くことになる。ロンドンを訪ねて絵里に会ったとしたら、どんな出会いになるのだろうか。そのように、絵里との再会場面を想像したことすらあったが、ロンドンに立ち寄る予定はなかったので、再会は空想でしかありえなかった。

 フランクフルトに着いたのは、学会が始まる三日前だった。その翌日には会場となる建物を訪ねて、場所の確認と会場の下調べをした。それらの用件をおえてから、時間をかけて街を歩いた。電気器具を扱う店があったので、ショーウインドウをのぞいて見ると、並べられている製品の多くは日本製だった。バブル経済が崩壊してから10年を経ても、日本の家電製品はブランドを誇示していた。

 つぎの日は、路面電車に乗って市街を見物してから、中央駅でケルン行き列車の発車時刻を調べた。そのあとは早めにホテルへ帰り、学会で発表するための準備をした。日本にいるときから時差に備えておいたので、苦労するほどの時差ぼけは感じなかった。

 英語での質疑応答には苦労したけれども、学会の場で僕は自分の役割をぶじにはたすことができた。二日間にわたって開かれた学会がようやく終わり、残っているのは観光を楽しむことだった。

 学会が終わったつぎの日は、朝食を早めにすませて駅に向かった。ケルンの天候はわからなかったが、フランクフルトが曇っていたので、折たたみの傘をバッグに入れた。

 列車がライン川に沿って走りはじめた頃から、僕は窓にはりついて外を眺めた。予想していたほどには広くない川を、大きな船が行き交っていた。白い鳥が数羽ほど、川面をかすめて飛んでいた。ぶどう畑の拡がる丘陵に古い城が姿を見せて、ラインをめぐる歴史を思わせた。最初の観光地にケルンを選んで良かったと思った。ライン川付近の風物を眺めることができたし、斜面に耕地が拡がる景観を日本の風景とくらべて、その土地に生きてきた人々の暮らしぶりを想うことができた。

 ケルンに着くとすぐに大聖堂を訪ねた。壮大なその建物を見物してから、長いらせん階段を歩いて塔に登り、ケルンの市街とまわりの景観を眺めた。

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