第2話

 僕の訪問先がフランクフルトということもあり、坂田はドイツでの体験から話しはじめた。幾つもの観光地を訪ねて、存分に見てきたという坂田がうらやましかった。学会が終われば間もなく帰国しなければならないので、僕の観光はフランクフルトとその周辺に限られていた。

 坂田の話にしばらく耳を傾けてから、僕は口をはさんだ。

「お前でも、苦労したり失敗したことがあっただろう。参考にしたいからさ、そういうのがあったら話してくれないか」

「ということは、お前でもやっぱり不安なんだな」

「初めてのヨーロッパにひとりで行くんだし、それに、おれは英会話に自信がないからな」

「ヨーロッパはおれも初めてだから、パックツァーに参加するつもりだったけど、ロンドンにいる絵里と電話で話しているうちに、思い切って一人旅をしてみようという気持になったんだ。まだ話してなかったけど」と坂田が言った。「絵里はロンドンに行ったんだよ、4ヶ月ほど前に」

 坂田の妹が結婚して横浜で暮らしていることは、数年前に彼の口から聞かされていた。その絵里がロンドンにいるとは、いったいどういうことだろう。

「だんながロンドンへ転勤になったものだから、絵里もいっしょに行って、向こうで暮らしてるんだ。そういうわけで、最初の二日ほどは絵里の家に泊めてもらって、ロンドンの付近を見てまわったんだが、その二日間で自信がついたんだよな、フランスやドイツもひとりで何とかなりそうだって」

「それにしても意外だな、絵里さんがヨーロッパで暮らしているというのは」

「急に転勤することになって、絵里もずいぶん心配していたんだよ、ロンドンで生活することに。ところがな、たった3ヵ月で慣れたっていうんだ、あの絵里が。案外とそんなもんだよ。お前も行ってみればわかるさ。慣れたにしてもゆだんはできないし、ときには困るようなことも起こるだろうけど」

 ふだんは思い出すことさえなかった絵里が、いきなり身近な所に姿を現したような気がした。あれから10年以上が経っているから、おそらく絵里も変わっていることだろう。それにしてもあの内気な絵里が、ロンドンでどんな暮らしをしているのだろうか。

 僕たちはそれから1時間ほど話し合ったが、絵里について触れることはなく、話題の多くは坂田の体験談だった。

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