第八話 交差~狂った時間~
Heart Doll本店。ちょうど店の上空に亀裂が入り、1人の女性が現れた。
長く黒い髪をなびかせていて、どことなくルキを思わせるような大人の女性である。
「ただいま」
宙を静かに歩き、ベランダから中へと入った。彼女をおかえりと出迎えるのはたくさんの人形達、Heart Doll…すべて彼女が手掛けたお人形。彼女はこの店の主である。
「お帰りなさい。留守の間に彼が来たわ」
その中でも一際お姫様を思わせる1人のHear Dollが言った。
それに続いてもう1人のHeart Dollが少し嫌そうな顔をして言う。
「“ルキ”というあの少女が自分の役目を代わったと…」
「そう…ごめんね。銀狼すごく機嫌悪かったでしょ」
店の主である彼女は少し苦笑しながら、あの機嫌の悪い銀狼の相手をさせてしまったことに申し訳なさそうに謝った。
「あなたが謝る事じゃない!」
そう言って、彼女は自分のガラスケースへと戻ってしまった。他のHeart Doll達もいつの間にか自分の所定の位置へと戻っている。
ここはHeart Doll本店。特殊なお人形を売るお店なのだから、これが本来の姿である。
「リオネは本当に銀狼が嫌いだね」
そう言うと、1人ガラスケースに入らずにいるお姫様な彼女に目を向ける、この店の主。
「ゆな、もしもまた銀狼が“俺の役目をあの馬鹿が代わった”とか言ったら渡してほしい物がある」
店の主である彼女はそう言ってHeart Dollのゆなを奥の部屋について来るように手招きをした。
はいと返事をして微笑むと、ゆなは店の主についてこの部屋を出た。
◆◆◆
Heart Doll本店の主は門を抜け、廻間を歩いている。まるでここは自分の庭だというようにしっかりとした足どりである。
彼女は少しするとその場に立ち止まり、何かに耳をすませるように両目を閉じた。
「誰?この廻間に迷い込んだ強い意志を持つ魂…」
彼女のまわりに銀色の風が集まり、やがてそれはスカイブルーの色へと変わると空間で弾け飛んだ。
キラキラと舞散る光は、この廻間に住まう銀狼にも劣らない。
「私はかえらないといけない。彼と共に世界を変えると約束したの…」
目の前には泣きじゃくる、何処かの世界、何処かの学校の制服を着た高校生くらいの少女がいた。少女の身体は透けている。
魂だけの存在の少女に、彼女が生前の姿をあたえているのだ。
「世界を変える約束…いいよ、私の能力を貸してあげる。それでもあなたの世界にかえる?」
不敵に笑う彼女の顔は、光希を思わせる。いかにも胡散臭そうな言い回しだと本人でさえ笑っている。
果してこの少女は何を選ぶだろうか。
「ひっ…いやッ、化物!!」
少女の顔は恐怖の色を浮かべた。少女は必死に腕を振り回して彼女に近寄るなと態度で示している。
そんな少女を笑うと、彼女は冷たい瞳で少女を見下して言った。
「廻間に来れてもそこまでの意志でしかないのか…1つ、教えてあげる。この廻間に迷い込んだ時点であなたも私と等じ化物だ」
かなしそうに笑うと、彼女は再び風を集めてスカイブルーに変わる風を無数の牙にして少女へと攻撃した。
化物の魂をも切り裂くこの風の名を“風の牙”という。
「強い意志を持っていても、しょせん変えられない運命でしかない…」
今の少女から貰い泣きでもしただろうか…彼女の頬には涙が伝っている。
無表情で、瞳に色を無くしていても涙を流せるだけまだマシだろう。まだ、彼らから灯してもらった想いの炎は残っている。
「銀狼、たまには私も泣いていい?」
そう呟くと…彼の優しい風が彼女を包み込んだ、ような気がした。
気のせいだと自分に言い聞かせながらも、その中で彼女は声をころして泣いていた。
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