第七話 大切な人
世界と世界の廻間。
ルキは何かから逃げるように、必死に廻間を走っていた。
周りにはいくつも、数えきれない数の球体、さまざまな形や大きさをした扉、また球体と扉がくっついたり繋がっていたりしているものが真っ暗な空間に浮いている。
これらは無限に存在するいくつもの世界。そして、パラレルワールドである。
「銀狼…?何処にいるの!?」
ルキは無限に存在する世界を瞬時に見極め、銀狼が何処にいるか探している。
突然近くで、パンッ…と何かが弾ける音がする。
「此所にいたんですね、“廻間の姫”」
今の音は、廻間の壁を他者が破り侵入して来た時の警告音だ。
ルキを“廻間の姫”と呼ぶ、顔だけ此所に存在するこの男は世界または時間軸、世界の壁を越える事ができ、尚且つ廻間に干渉する程の“力”を持つ事になる。
「私はあなたに用は無い。自分の在るべき世界へ帰りなさい」
「嫌ですねえ、散々研究を重ねたんです。あなたに再び会うために」
眼鏡の奥の瞳から狂喜さえ感じさせる男。
実はこの男には、前にも必要以上に追い掛けまわされた事がある。前回はまぐれで廻間に来ていたが、今回は彼の存在する世界が其れほどの化学力を持ち合わせたらしい。
「廻間の姫よ、どうか自国の繁栄のため私にあなたを解剖…いや、是非とも研究させて下さい」
いつの間にか男の右手が現れてルキの頬をいやらしい手付きで撫でている。
その行為に悪寒が身体を走り抜ける。
まるで絵に描いたような狂った化学者。正直言って受け付けない。
「あなたに研究される気はまったく無いので在るべき世界へ帰って下さい」
だが、ルキはそんな彼にでも攻撃はしない。
廻間に存在できる程の力を持つ者が簡単に他世界の者や出来事を変えてしまうのは禁忌となる。ルキが其れを犯せば、魂の契約をする銀狼に全て反るのだ。
「そんな事を言わずに、大人しく私にその体に流れる“化物の血”を見せてください」
気が付けば男の身体は全てがこの廻間に存在している。逃げようとした時にはもう遅く、ルキは男の腕の中で胸元には綺麗に研かれたナイフが突き付けられていた。
「っ…その命が惜しければ、大人しく帰りなさい」
突き付けられたナイフは静かにルキの肉をえぐり、赤い血を流させる。
その気丈としたルキの反応は、男の思い描いていたものでは無いために少し苛立ちが見える。
「痛いなら痛いと泣き叫んでくださいよ。私は弱者をいたぶるのが好きなんですから…」
楽しそうに歪んでいる男の顔を見て、ルキは小さく笑った。
するとルキの周りにキラキラと光耀く銀風が集まりだして、ゆっくりと膨張していく。
「あなたはバカね、この無限に存在する世界よりもこの廻間の方が上なのがこの世界の
膨張した銀風は、彼の在るべき世界共々破壊した。パリンッと音がし、気付けば近くに在った世界を巻き込んでいた。
慌てた様子もなく、ルキは巻き込んでしまった世界を守るように銀風で包み込んだ。
「皆いい迷惑だネ★さて、あいつの世界もゼロから再生し直して…廻間に来ない世界にしよう」
そう呟くと、銀狼との魂の契約で借りている、世界の廻間に住まう彼の役目を代わりにまっとうする。
銀風とはまた別の能力、無限に存在する世界を守護する、また世界の強制管理を許された神のみが持ち合わせる能力。
銀狼と魂の契約をしたルキは、ある意味では“彼に愛された神子”でもあるのだから。
「うん、いい感じにできた!」
するとルキの髪を撫でる銀色の風が吹き抜けた。かと思うと、頭に少し重いものがある。
「何してやがる、ルキ」
人の姿をした銀狼がすぐ後ろに立っている。頭に乗っているのは彼の手だ。振り返って彼を見上げれば、いつもよりも恐い顔をした銀狼がそこにいた。
◆◆◆
この世界、廻間の神、権力者の銀狼の了解も得ずに勝手に事を成してしまったルキは、みっちりと怒られていた。
そう、ルキがした事は禁忌に当たる行為だ。そのため銀狼にそれが反った。
「銀風と世界を越える能力は好きに使ってもいいと言ったが、こっちの能力は俺が許可を出さないかぎり使うなと言ったはずだ」
「ごめんなさい…」
仮の地に立ち、ルキは逃げられないように銀狼の銀風で縛されていた。
地味に痛い…動けば痛みを加えるタイプのものを使われているために、逃げればもっと酷い事になる。
「お前は余計な事をするな。次にやったらお前を消してやる」
そう言うと銀狼はルキを縛していた銀風を解いて、姿を銀色のオオカミへと戻して何処かへ行ってしまった。
ドサッと仮の地に倒れ込んだルキは、彼の姿を首から先を動かして探した。
「銀狼ッ…いかないで…?」
彼を怒らせて、置いていかれるなんて…ルキには耐えられない。
いっそのこと独りになるくらいなら、一思いに世界から消してほしいと願う。
「銀狼…」
何故こんなにもまぶたが重いのだろう?
ルキは涙を流しながら、意識を手放した。
◆◆◆
先ほどルキを置いて来た銀狼は、この廻間の片隅にある城に来ていた。
「おい、いるか?」
門が閉まっている事などお構いなしに綺麗に整えられた城の庭を通り、いろいろな種類の木々や花達を踏み散らかして…開いていたベランダから銀狼は城の中へと入る。
部屋の中には、ずらりとガラスケースの中に並ぶ人間サイズの人形。さまざまな形の物がある。
「いらっしゃいませ。ようこそHeart Doll本店へ」
まるでこの城に住むお姫様を思わせる女性が出迎えてくれた。彼女は銀狼の姿を認めると、微笑みながら答えた。
「あの人なら出掛けていていませんよ」
「何処に行った?俺は急ぐ」
何だか余裕の無い様子の銀狼。軽い殺気さえ感じ取れる。
まるで不思議なものを見るかのようにキョトンとした彼女は、どうしたらいいのか分からず部屋の奥にあるガラスケースの前まで行って扉を開けた。
「ゆなの手には余るお客様ね」
ガラスケースの中の人形が動き、喋る。
“ゆな”と呼んだ先ほどのお姫様のような彼女を下がらせて銀狼の前まで来た。
「何をお望みですか?」
「あの馬鹿が俺の役目を代わりやがった」
一見かみあっていない会話。だがもう必要な物は分かったと、彼女は彼に少し待つように言うと急いで部屋を出て行った。
少しすると彼女は小さな瓶を持って戻って来た。
「こちらです。お急ぎください」
銀狼は彼女から小さな瓶を受け取ると、両足に力を込めて走り去って行った。
先ほど彼のいた場所を見れば、床が大変な事になっている。それを見詰めながら彼女はため息をついた。
「ルキというあの少女、余程大切のようですね…これではあの人も報われません」
彼女はそう言うと自分の能力を使い、床を整えたのだった。
◆◆◆
ルキが目を覚ますと、相変わらずの廻間の景色が広がっていた。
背中にはいつもの暖かい、銀狼の温もりが感じられた。
「次に勝手な真似をしてみろ、お前を廻間の果てに置き去りにしてやる」
ギロリと銀狼に睨まれたルキは、生きた心地がしなかった。
今後一切、彼の許可無くこの能力は使わないと心に誓ったルキだった。
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