雪降る季節に揚羽蝶
サナギから蝶に変わる…羽化して現れたのは、綺麗なキレイな揚羽蝶。
羽を広げて羽ばたく
揚羽蝶のルキは、青い青い空に羽ばたいていた。
湖を通り過ぎ、森を抜けて建物の間を抜ける…いつの間にか初めて見る街に辿り着いていた。
「大きなビル…」
自分よりも遥かに大きな人間族の造るビルに圧倒されていた。
ちなみに、昆虫族に人間族の言葉は理解できる者が多いが、その逆は数が少ない。ルキは昆虫族の言葉で基本的には喋っている。
「もっと綺麗な場所とかあるかな?」
ワクワクしながらルキは広い宙をヒラヒラと飛び回る。
浮かれて、周りも何もかも見えてはいなかった…羽ばたく先に蜘蛛の住居である糸が張り巡らされていることに、ルキは全く気付いてはいなかった。
「うぎょわっ!」
暴れたら暴れるだけ、蜘蛛の糸が体中に巻き付いてくる…逃げることなど不可能なところまで絡まっていた。
昆虫族の世界も弱肉強食である。強い者が生き残っていく世界だ。
「馬鹿め。今日の獲物はいきがいいなぁ」
「あ、これダメなやつだ」
やっと自分の置かれた状況を理解したルキは、自分の運命を悟っていた。
急に抵抗しなくなった揚羽蝶を見て蜘蛛は面白くなくなり、飯は後にして昼寝を始めてしまったくらいである。
(ここまでか…蜘蛛に食べられて終わる揚羽蝶生、珍しくもない何処にでも転がっている蝶生だったな)
絡まった糸の間から空を見上げては、ルキは自分の運命を受け入れていた。
だが、そんな時に限って地面の方が騒がしくなってきていた。どうやら人間族の子供が集まって来たらしい。
『なあカズマ、今日はいくら持って来たんだ?』
『昨日みたいに金がねえからとか言うなよ!また殴り飛ばすからな!!』
話す言葉は完全に人間族の言葉だ。それでいて、昆虫族の揚羽蝶であるルキにはとてもうるさく聞こえる。
揚羽蝶に生まれ変わる前は人間族だったルキには、彼らの話している内容も状況も良く理解できた。時代が変わってもこういうのは変わらないんだなとルキは苦笑して視線を彼らに向けて様子を覗き見ていた。
「いじめられてる子はカズマって言うんだ…」
それにしても、どうしてだろう?彼の目はいじめられっ子の目じゃない。殴られているくせに、睨み返すその目には強く光るものがある気がする。
どうしてだろう?何故だか目が離せずに魅きつけられる目だ。
「おもしろい子‥願わくば、あなたが幸せになれますように・・・・・」
揚羽蝶として力尽きたルキは、そんな言葉を残して息絶えていた。
◆◆◆
しろい、白い雪の降り始める季節。
とある家の部屋、窓に差し込む柔らかな太陽の光。その部屋のベッドに寝ているのはこの部屋の主である高校生の少女、ルキである。
「ルキー!早く起きなさい!遅刻するわよ!?」
今日もまたルキの母親は娘を起こすのに下の階から大きな声で言っている。
ルキはモゾモゾと布団の中で動き、返事をしながらベッドを出ると高校の制服に着替え始めた。
「ん〜あさきらいぃー」
大あくびをしながら、流記はそんなことを言っている。ぶつぶつと学校に行きたくないと言いながらも、着替え終わるとスクールカバンを持って自分の部屋を出て階段を下りてリビングのドアを開ける。
「ルキ起きてくるなよ、オレも学校なんて行きたくないんだけど」
朝から自分よりも学校行きたくない病を患う弟の言葉は相変わらずすごいと思う。ふ、今日もまた弟が可愛いと自慢できるネタをありがとう。
ルキはそんな弟、カズマに“知るか!”と返すと、スクールカバンをソファーに座るカズマに投げて洗面台の方へと向かう。
カズマは弟だが、本来は従弟の関係だ。幼い頃に一緒に乗っていた車の事故で両親を亡くしたカズマはルキの弟してこの家に引き取られた経緯を持つ。自分だけ生きているとルキに引っ付いて泣き喚いていた頃が懐かしい。そのせいかルキにしか心を開かない状態が何年も続いている。
「カズマ、ご飯は?」
「もう食ったー」
鏡の前で支度が終わったルキは、母親の作ってくれた朝ごはんの並ぶテーブルにつくとパンをかじり始めた。
学校に行きたくないと言う割に、カズマはいつもルキよりも早く起きて支度が終わっている。何が行きたくないだと思いながらも、カズマの考えていることは手に取るように理解できた。伊達に姉をしているわけではない。
「まあ、そんなこと言っててもお姉ちゃんと学校に行きたくてしょうがないんだもんねー」
「うるさい、黙って食え」
カズマの方が偏差値高いくせに、わざわざルキの偏差値に合わせて同じ高校に入ろうとしているほどだ。姉がブラコンなら、弟も実はシスコンであるとも言えなくもない。
「んじゃ、行くか」
「手、ルキのそばじゃないとあいつらに絡まれる」
何故かカズマは学校でも外でも不良生徒などに絡まれやすい。姉として、まだまだ弱いと言うことだろうか?
そう言いつつも、ルキは中学時代はケンカの強いレディースチームに席を置いていた実力者でもあるのだが…何故カズマが絡まれるのか理解に苦しむ。
「大丈夫、私のそばなら誰もケンカなんて売ってこないから」
「うん、ルキのそばは安全だからいい」
そう言いながら姉弟仲良く手を繋ぎ、いつものように中学校までカズマと一緒に行ってから、その先にある高校に行くのが日課である。
ちなみに、中学校の前についてもカズマはルキの手を離したくないようで少しゴネるまでがセットである。
「カズマ可愛いな〜」
「うるさい、ルキも早く学校行けよ!」
突然我に戻ると、カズマの語調はキツくなるのだがそこも可愛いと思っている姉はかなりのブラコンである。
その日の放課後。中学校の生徒玄関の隅でカズマはルキの迎えを待っていた。
1人で帰ると何故かやばい大人や他校の不良生徒などに絡まれる自信があるカズマはルキに早く迎えに来て欲しいと思っている。
そじゃないと、校内の不良生徒に絶対に絡まれる…これは死活問題である。
「ルキ、いつもより遅い…」
壁に掛かっている時計を何度も見ては、ルキが来ないことにカズマはイラついている。
もう、ルキに早く来て欲しくてしかたない。
「カズマの奴いたぜ?」
「まだ1人だな」
今、すごく聞きたくない声が聞こえた気がする。
逃げるか、ルキを待つか…考えているとカズマは自分よりも体の大きい不良生徒に捕まり、引きずられるようにして連れて行かれることになった。
「カズマ、ちょっと顔貸せよ」
終わったなと思いながら、カズマは玄関の先の校門を見詰めることしかできなかった。
その数分後。ルキが迎えに来たのだが、いつもいるはずのカズマの姿がないことに首を傾げる。いつもなら、少しでも時間に遅れると“遅い”とか“もっと早く来て”と言われるのだが…その声の主の姿がない。
「ん?カズマーどこー?いないの?」
いつもならいるはずなのに…呼んでもいないなんて、一体どうしたのだろうか?
その辺に隠れてでもいるのかと姿を探してみるが、やっぱりいないらしい。
ーーー彼を助けたい
突然、ルキの頭の中に響いた誰かの声。
ーーー傷付いて欲しくない
何が何だか分からない。だけど…何故か行かなければならないと直感してルキの体は動いていた。
『そうだった、そうだった…私は昆虫族の揚羽蝶だったね。あそこの校舎の蜘蛛の巣からカズマを見てた』
カズマの居場所なんて分からないはずなのに、ルキの足は迷いなく進む。体育館に続く渡り廊下から、ルキは中庭を抜けて普段は人気の少ない校舎裏に来ていた。
「お前を守ってくれる姉ちゃんはいねーぞ!」
ーーー本当にもう、この弟は手が掛かる!
カズマをまた殴ろうとする不良生徒達に、ルキは容赦なく背後から飛び蹴りをくらわせていた。
ーーーこの世界でもカズマの目はあの時と同じだね
「見ていてあきない」
さらにルキはスクールカバンをその辺に放ると地面を蹴って舞い上がり、まるで羽でも生えているかのように空中を華麗に舞っている。
気が付けばもう、そこに立っているのはルキだけだった。
「次は誰?…って、もう全部倒しちゃったか」
伊達にケンカの強いレディースチームにいたわけじゃない…なんて、これはこの世界の設定でしかないのだけれど。
「ごめんねカズマ、遅くなっちゃって」
後ろを振り返り、ルキはまだうずくまったままのカズマに急いで駆け寄る。
抵抗したのか腕の方が傷だらけに見える。
「しょうがないね、帰って傷の手当てする?それとも保健室に行く?」
聞いている途中で、カズマに勢いよく抱き付かれていてルキは後ろにひっくり返りそうになるのを何とか堪えていた。
「来るのが遅いんだよ!ルキのばか…」
「何だ泣いてるじゃん、カズマ」
「泣いてない」
カズマは否定しているがルキの耳にはちゃんと、カズマのすすり泣く声が聞こえている。
この子はあんな目をするくせに泣き虫だなと思いながら、ルキはカズマが落ち着くまで頭を撫でていた。
月明かりが照らす、中学校の校舎の屋上にルキの姿があった。
夜空を見上げているルキの背には、人間にはあり得ない綺麗な揚羽蝶の羽が生えている。
『私は昆虫族の揚羽蝶で、数が少ない他種族の“願い”を叶えることができる幻夢揚羽』
ーーー私はカズマの願いをちゃんと叶えられたかな?
冷たい風が吹いてルキの髪をさらう。すると、ふわふわと白い雪が降り始めた。
ルキがそれを見ていると、姿が完全に白い光を纏う揚羽蝶に変わる…否、戻る。
『ここはカズマの夢の中…』
白い光を纏う幻夢揚羽は白が浮かぶ夜空へと飛んでゆく…やがてその姿は、白い雪に混ざり暗闇に消えていく。
◆◆◆
カズマの願い…
それを幻夢揚羽であるルキが具現化した世界は消える。
夢の時間は、
揚羽蝶の死を迎えてから現実世界に初雪が降るまで・・・・・
雪の降る中、いつものように体中に傷を作っているカズマの足元に揚羽蝶が舞い落ちてきた。
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