雪降る季節に揚羽蝶2
サナギから蝶に変わる…羽化して現れたのは、綺麗なキレイな揚羽蝶。
羽を広げて羽ばたいた
揚羽蝶のカズマは、今日も青く澄み切った空を羽ばたいていた。
「どこ行くかな〜」
こっちをパタパタ、あっちをパタパタとぐるぐる回ったカズマは、とある学校に迷い込んでいた。
『ねえルキ、今日帰りにカラオケ行こうよ!』
『うん、行こう!』
とある教室から聞こえた女子の声…カズマは昔、人間だった頃の記憶を思い出していた。“ルキ”と言う、妙に聞き馴染みのある…夢の中で散々呼んでいた名前。
「ルキ?」
カズマはルキと呼ばれた女子生徒が気になっていた。
窓の外をヒラヒラと旋回しながら見た彼女は、自分のよく知る姉のルキだった。信じられない…カズマは頭では他人の空似だと、そう思うのに、心は彼女をもっと見たいと近くに行きたいと体が動いていた。
「本当に、ルキなのか…?」
カズマが適当に降り立った誰かの机の上。そこからルキが見える…だが、そこに降りてはいけなかった。
「ちょっとやだ、虫がいるんだけど!」
おそらく、この机の使用者は今まさに悲鳴を上げている女子生徒で…カズマはその生徒と目が合ったような気がしていた。
「あ、これはまずいかも…」
教科書を両手で振り上げる彼女を見て、カズマは飛び去ろうと羽を広げたその瞬間、大きな衝撃波が先に来た。
『うわっ、ちょっと待てって!』
教科書の風に煽られコントロールできない状態に陥ったカズマは、その教科書の餌食になっていた。
ーーーオレが、こん度はルキの願いを・・・・・
◆◆◆
しろい、白い雪の降り始める季節。
カーテンの隙間から朝日が差し込む部屋のベッドで寝ているのは、高校生になったカズマだ。
シスコンだと言われるのは気に入らないカズマだが、高校は姉のルキがいるところに進学した。お前の偏差値なら、もっと上の高校に進学できる…そう周りに言われても、カズマは聞かずに自分の行きたい高校を受験して学年次席の成績で入学式を終えていた。
「カズマー!!」
下の階から姉の声がしたかと思えば、バタバタと足音が聞こえてきて部屋のドアが勢いよく開かれていた。
そして、カズマがかけていた布団は無惨にも剥ぎ取られていた。まだ雪は降っていないとは言え、寒いものは寒い。
「ねえ、学校行かない気なの?」
「うるさい、ルキ…」
オレにだって、たまにはそんな気分の時もある。
いつもと違い、学校に行く支度ができているのはルキの方で、カズマは全くと言っていいほど着替えも終わっていない。
「何?熱でもあるの?」
ルキの手がスッと伸びてきてカズマのおでこに触れていた。だが、分かりやすい熱さなんてものは無い。
ただ単に寒いから起きたく無いだけのカズマは、ルキの腕を引っ張るとベッドに引き摺り込んだ。
「ルキ、ここにいて…」
珍しいこともあるものだとルキは考えて、カズマを抱き寄せる。
高校生になっても、まだまだ小さい子供みたいな弟を安心させてあげられるのは、姉の自分だけだから。
次の日。今日は土曜日で学校は休みのためずっと自分の部屋にいた。
「ルキは、オレのことを憶えてるのか?」
ベッドの上に寝転がりながら、カズマは考えていた。
いくら幻夢揚羽のオレにルキに対する願望があったからとは言え、ここまで再現度が高いわけがない。
「考えても分からないな…」
どこまでも、オレの姉は、何枚も上手らしい。
オレはただ、ルキに幸せであって欲しいだけなのに。
「カズマーいるー?」
ノックもせずに弟の部屋に入ってくる姉と言うのは、どうなんだろうか?
そう思いつつも、カズマはルキがいることが嬉しくてしょうがないために戯れて頭を撫で回してくるルキから逃げようとはしない。
もうすぐ現実世界に雪が降る。
ルキの夢の世界を幻夢揚羽のカズマが具現化したこの世界は終わってしまう。
◆◆◆
学校から帰ろうとしたルキが玄関に着くと、外は雪が降っていた。
カズマと一緒に家には、もう帰れない。その時間は終わってしまったのだから。
「まさか、カズマも幻夢揚羽になるなんてねぇ…」
校門を出てから傘をくるくると回しながらルキは独り言を呟いていた。
ふと、何かに惹かれるようにルキは足を止めて空を見上げると、季節外れの揚羽蝶がヒラヒラと落ちてくる。
ルキはそれを優しく手で掴むと、微笑んでいた。
『また会えたね、カズマ』
カズマにその声は届いたのかどうなのか…ルキには分からない。
ルキはその揚羽蝶を持ったまま、傘を持ち直して家に帰った。
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