雨の降る日に
私は、雨の中で泣いているあなたに気付けなかった…
☆☆☆
「水樹!この傘は?私に似合う?」
私には彼氏がいる。そんなの自分が一番信じられない。
今日は買い物デートというのをしていて、少女漫画であるようなシーンをやっていた。
そう…本日、何本目かも分からない傘を手に取っては彼氏である水樹に見せて“似合う似合わない”の質問をバカみたいに繰り返している。
「うん、良いんじゃないかな?オレンジはルキの好きな色だし、ね?」
そう今はオレンジ色のストライプの傘を広げている。
違うの、私が欲しい言葉はそれじゃない。
私に合わせないで、水樹の意見が聞きたいの。
「じゃあ、この傘は?」
そう言ってまた別の傘を手に取って広げる。今度は可愛いじゃない。
黒の、蜘蛛の巣のデザインの傘。
「うん…ルキが気に入ったならもうそれでいいんじゃない?」
あれ?1つ前の傘の返事よりよくない返し…いやこれはもう、呆れられている感じだろうか。いつもはありえないくらい優しいのに…って、私が欲しい言葉はこれでもない。
水樹が選んでくれなきゃ、水樹の色に染まりたいのに、これじゃ終われない!
彼氏の色に染まりたいと思うのは、変なことなのかな?
「ごめん…ルキの好きなの買ってあげるから、機嫌直して?」
ーーー“ルキの好きな物を買ってあげる”
付き合ってから、何度めの言葉だろうか…そりゃ、付き合おうって言ったのは私からだったって、機嫌直してじゃない!それで私の機嫌が直ると思ってるの!?
「もういい!帰る!!」
私は傘を畳んで元の場所に戻しつつ、水樹と目を合わせないでお店を出た。
後ろから、慌てて、困ったような水樹の声が聞こえたけど振り返ってなんてあげない。
何度も私を呼ぶ声がして立ち止まろうとも思ったけど、私はそのまま曇り空の中を走って家に帰った。
「水樹なんて大っ嫌い…!」
どうして水樹は、自分の意見を言ってくれないの?私はあなたの色に染まりたいの・・・・・
もうすぐ家に着く。少し前からぽつぽつと雨が降り出してきていて、今ではザァーっと音を立てて雨が降っている。まあ、家はもう直ぐだし、濡れて帰っても問題ないかと思って私は歩くスピードを少し落としていた。
「水樹、怒ってるかな?置いてきちゃったわけだし…」
水樹は昔から、体が弱い。だから、私より足は速くない。少女漫画みたいに、私達は幼馴染で家が隣同士で…めいっぱい設定を詰め込んでる関係なのに、何故だか少女漫画みたいには進まない。
水樹だって私と同じ高校生。水樹の方が頭がいいから、同じ学校でも私は普通科で水樹は特進科だけど…子供みたいに心配なんてしなくていい。
「私って本当に…」
わがままだなって思う。
玄関の前まで来て鍵を開けて中に入ろうとした時、後ろから誰かが走ってくる音がした。何だろう、何故だか私は後ろを振り返ってしまった。
そこにいたのは私よりも背が高いくせに、一緒に並ぶと私の方が太って見える現象に年々悩ませてくれる幼馴染。
「水樹!?あんたバカなの!?」
また風邪をひいて熱を出したら、誰があなたの世話をすると思ってるの!?
こんな雨の中を走ってくるなんて、いったい何を考えてるの!?私が濡れて帰ってくるのとはわけが違うんだよ!?
「ああもう!水樹が先にお風呂入って、早く!」
私はそんな水樹をまた怒鳴って、強制的にお風呂に入れていた。
小さい頃は一緒に入ってたけど、さすがに今はムリ。
今日は…今日も私は水樹に怒鳴ってばかりだった。
水樹がお風呂に入っている間、私は髪をタオルで拭きながら自分の部屋で部屋着に着替えていた。いつもいつも水樹は面倒ばっかりで、雨が降ってたんだから止むまで待ったりとか色々あったと思うのに。
気が付けば、水樹のことばかり考えてる。でもこれって恋人同士って言うよりもお母さんとかだと思う。
「水樹はそういうところがあるから、ほっとけないんだよね…」
やっぱり水樹を置いてきたのは間違いだったと…いつもいつも思わされてる。
私も学習能力が足りない。でも、水樹も悪いと思う。
「分かってる、水樹は優しいから私を追いかけてきたって…」
そう言っている間に、私の視界は歪んでいって涙がポタポタと落ちていた。
はあ…もうやってられない。
私は直ぐに泣くのをやめて、涙を拭く。水樹に泣き顔なんて見せなくていい。
少ししてから、水樹が階段を上がってくる音がする。そしていつものように私の部屋のドアを少し開けた隙間から部屋の中を覗いて、私の機嫌を伺ってから中に入ってくる。
「ルキ?ごめんね?」
そして、どうしていつもいつも謝るの?って、水樹はどうしていつもいつも髪を乾かさないで私の部屋に来るわけ!?
昔からそう…何でいつもいつも私に髪を乾かさせるの。
「こっち」
私はドライヤーを用意してベッドに座る。そして水樹を手招きしてベッドの前に座らせる。
面倒だと思いながらも、私は水樹の髪を乾かす。いつも思う…同じシャンプーを使っているのに、どうして水樹の方が髪がサラサラして綺麗なの!?
本当にむかつく…。
「乾いたよ」
水樹の髪を乾かし終わりドライヤーを片付けていると、何故か水樹が私をじーっと見てくる…もしかして泣いてたのがバレたとか?
何?と聞けば水樹は何故か近付いて来る反射的に後ろに逃げれば、壁に当たった。
「水樹!?何?」
「うん、ルキに髪乾かしてもらうのすごく好き」
なによ、その笑顔は…無駄にイケメンすぎるのやめて欲しいんだけど?
だから見ないで、近いってば!!
「ルキ?顔赤いけど大丈夫?」
不思議そうに首を傾げないで!イケメンであざと可愛いとか本当にやめて!
私はどうしていいか分からなくて、私に触れようする水樹の手を払いのけていた。
「お風呂入って来る!」
私はそう言って水樹から逃げた。
小さい頃はすごく可愛いなって思うだけだったのに、成長するにつれて水樹は心臓に悪すぎる。
次の日。私は学校の玄関で雨が降る空を見上げていた。
傘が壊れたから、昨日のデートで水樹にどれが似合うか聞いてたのに…結局買わずに帰って来たから今日の私の傘は透明のビニール傘だった。それが悪かったのか、帰る時には傘立てにその傘は無かった。
「さすがに傘無いと帰れないか…」
どんどん強くなる雨音は、本当にうるさい。
私はどうやって帰ろうか、それとも濡れて帰ろうかとずっと悩んでいる。
水樹はもう帰っただろうか、それともまだ特進科の校舎にいるのだろうか。
「水樹…」
途方に暮れた私は、いつの間にか水樹の名前を呼んでいたらしい。
いるわけないのに、どうにかして欲しいなんて思う私は本当にわがままだ。
「ルキ?まだ帰ってなかったの?」
日頃の疲れか、頭がおかしくなったのだろうか?水樹の幻聴が聞こえて来る。
「ルキ!ねえ、聞いてる?」
なんて思っていたら、いきなり腕を掴まれてびっくりして小さく悲鳴を上げていた。目の前には不機嫌そうな水樹の顔がある。
水樹、本当にいたんだ…全然気付かなかった。
「ごめん、気付かなかった」
「おれのことまだ怒ってて無視してるのかと思った」
うん…水樹に会いたくなくて、朝が弱い水樹をわざと起こさないで先に学校に来たのは何を隠そう私です。
ところで、いつまで私の腕を掴んでいるつもりだろうか、そろそろ離してくれてもいいと思うんだけど。
「傘、好きなの買ってあげるって言ったのに怒って帰るから」
怒ったのは誰のせいだと思ってるんだろうか?なんて、水樹に言うだけ無駄だろうか。だって、ずっとそうだから…。
そう思っていると水樹に腕を引っ張られて玄関を出ていた。水樹の青のストライプの傘がゆっくり開いていく。
「帰って一緒に勉強しよう?この前の数学のテスト赤点だったのおれ知ってるんだから」
水樹に言ってないはずなのに、何処からそんな情報を得ているのか…私は引っ張られるように水樹と一緒に帰ることになった。
後日、数学の補習を回避した私は水樹から水色のストライプの傘をもらった。
水樹の青い傘とお揃いで、ちょっと嬉しいなんて思っていたら水樹がいきなり抱き付いてきて耳元で囁かれた。
「おれの彼女だって他の男に分からせといて」
え…?と思った少し後、水樹の言った言葉を遅れて理解した私の顔はきっと真っ赤で、とても水樹には見せられない。
だから、私は返事をするように誤魔化すようにして水樹の背中に腕をまわして抱きつき返していた。
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