第10話



 日の昇る時間でありながら、日が差さず、薄暗い建物内。港の桜城会所有の倉庫の一室だ。

 人の寄り付かないこの場所は、かねてより制裁や報復、尋問の場として利用されていた。

 薬か何かで昏倒させられた明るい色をした長い髪の毛の男、霧崎泉はそこで目を覚ました。彼は、自らが縛られていることと、意識を失う直前の記憶が朧気なことに気づく。

 そして目の前には、彼の知る男が一人と、全く顔に覚えのない中年の男と、少年。

 彼は顔に覚えのある伊達に対して話をかけることにした。


「なんだ、伊達じゃねえか。どうしたよこんなところで、それになんだ、この俺のザマは?マゾの趣味はねえぞ」

「おうそうかい、確かにテメエのやらかしてきた事を思えば、マゾって性質じゃあねェな」

「こんなことしてタダで済むと思うなよテメエ、桜城会本家の能力者班にいれられたからって、他の組の能力者に制裁の権限まではねえだろ」


 桜城会に所属する能力者は多い。彼らはいくつかの班に分かれて、日々活動をしている。

伊達の所属する班は新塚義徳が仕切る、桜城会でも名うての班だった。能力者の所属人数は伊達含めたった二人の少数ながら、戦闘において一番大きな戦果をあげた実績があり、彼らは桜城会の最大戦力でもある。


「いいや、タダじゃ済まねェのはテメエだよ霧崎。やり過ぎたな。こいつは会長の意思だよ、火遊びが過ぎたな、テメエを昏倒させたのも、テメエのとこの人間だ」


 そこではじめて、霧崎から余裕が消える。彼には、この組織に重宝されているという自覚があった。事実、霧崎は今日まで、武力を必要とされたシーンでは大きな成果を齎してきていた。

 彼もまた、能力者としては優秀なのだ。

 その実力は、業腹ながらに伊達が一目置くほど。


「ハア!? ふざけんな。どういうことだ、散々人の力を頼っておいて、在り得ねえだろそりゃあよお」

「テメエ最近、堅気の人間襲ってんだろ。裏は取れてんだよ。マツキにアラタニ、シマ、キトウ。テメエのお友達が景気よく話してくれたぜ。やり過ぎたな。テメエを追ってる人間がいんだよ。これ以上お前を抱えてると桜城会が被害を受ける。だから切られた。そういうこったろうよ」

「あいつら……クソが……!」

「そんな後のねえお前にお客さんだ。お前の処遇はこの人次第ってことになってる。精々許しを請うんだな」

「おい、待ちやがれ! 伊達!」


 伊達は、吠える霧崎には目もくれず、相田の肩を叩いて暗闇に消える。それを受けて、相田は椅子に縛られた霧崎の前に立ち、ジャケットの腰ポケットに手を突っ込みながら、用意された鉄パイプの椅子に座る。


「やあ、君が霧崎泉くんか……」

「なんだよテメエは」


 霧崎にしてみれば、全く顔の覚えのない男だ。苛立つ彼がこの状況下でその反応を見せるのは仕方の無い事だった。


「なに、彼が言っていたお客さんという奴さ。怪しいものじゃない。少し、世間話をしたくてね」 

「じゃあ、あんたに許しがもらえれば俺はまだ生きていけるというわけだ」

「そういうことになるね。随分と酷いことをしてきたみたいじゃないか。一年前と、今の、女性の失踪事件は君がやっていたんだろう。チンピラたちを使って」

「だったらどうだっていうんだ?」

「相田千沙を知っているか?」

「ん? ああ、知ってるよ。当然さ、俺がトチって遺体が見つかっちまった奴だ。警察も動いて、あの時は困ったもんだ。桜城会がなけりゃ、今頃俺はここにすらいなかったろうよ」


 霧崎は懐かしむように当時を思い起こす。彼の脳内には、今まで食ってきた獲物の全てが子細に記憶に刻まれていた。彼女らを忘れたことなどない。


「あれは良い食事だった。やっぱ肉は若いに限る。一年以上前だったなあれは、今までに何十人も食ってきたけど、アレは極上の肉だった」

「聞かせてくれよ」

「あんたも物好きだねえ、まあ俺の命はあんたの気分次第だ。大人しく話すよ。……あの子は珍しく時間をかけて俺が調達したやつだった。傍目には所謂、健全な付き合いってやつだ。年の差は7つほどだったか。シャンプーの香りだなあれは、千沙からは柑橘系の香りがしたよ。家出をしてきたっていう彼女を俺の家に泊めて、毎日毎日犯した。最初は悦んでいた、俺に惚れているのが分かったからな。家族とあまり上手くいっていなかったんだろう、あの子は愛に飢えていた。けれど、下っ端どもをアジトに集めてまわした時には泣いていたよ。嬲って犯して、大分衰弱した頃合いには壊れたロボットみたいに、お父さん、お母さんって助けを呼んでいたっけな……」


 霧崎の脳裏には、相田千沙との出会いから、最期までが鮮明に思い出せた。

 彼女と霧崎は、彼の語る通り、チンピラを使って調達したものではなく、ちょっとした偶然の出会いから生まれた関係だった。当時の相田家の家庭の状況はあまり良いものではなかった。

 仕事に生きる父と、体裁を気にしてばかりの母。娘が良からぬ付き合いを誰にも報告しなかったのは仕方のないことだった。それが発端としてうまれた悲劇。

 相田利家は、今もなお後悔している。もっと、自分が家庭に目を向けていればと。失ってはじめて、当然のように帰り、迎えられる家庭の温かみに気が付いたのだ。

 彼は家族を愛していなかったわけではない。仕事に打ち込み、安定した暮らしを齎すことが何よりだと考えていたのだ。

 故に、娘を失った彼は全てを投げ打って復讐に走った。

 すべては、後悔と、憎しみ、と何より、娘への愛情の証明の為に。

 復讐を果たすことこそが、生前、娘に伝えることが出来なかった、愛情の存在の証明になると信じているのだ。

 それが何より彼を駆り立てた。


「そうか……ありがとう。もういい」


 相田の表情は心内の煌々と燃える憎しみの炎に対して、冷静そのものだった。銃を手にしながら、まるで怒りや殺気を表に見せない彼の精神たるや。

 少し離れた距離で彼らを見守る悠莉は、素直にこの相田の精神力に驚嘆した。

 もし、仮に立場が違い、まざまざと家族の最期を語ってみせる仇を見たら、彼ほど正気でいられる気がしなかった。


「……彼の拘束を解いてやってくれ」

「いいんですか?」


 悠莉は相田の意図が分からず訊ねる、彼はそれに二つ返事で答える。


「ああ、構わない」

「マジかよ、あんたは俺の神様だ!」


 悠莉は、指示通りに椅子に縛り付けられた霧崎を解放する。

 念のため、ナイズゲームを起動の為の端末は事前に伊達たちが取り上げてある。武器も何も持っていない霧崎の脅威はそう高くない。

 喜んで立ち上がる霧崎に、相田は片手をジャケットのポケットから出して、差し出す。

「いい話を聞かせてもらったよ、本当に」

「ハ、あんな話でいいなら、またいくらでも話すぜオッサン、あんたは命の恩人だ」

「そういえば霧崎くん。名乗るのを忘れていたよ。私の名前は――――」


 霧崎は気分を良くしたのか、その差し出された手を何の疑いも無く握り返す。お互いが顔を合わせた状態で、握りあった手を相田は強く、固く握った。

 ――――目前の仇敵を決して逃がさないために。


「私の名前は相田利家」


 けたたましい銃声が三度、薄暗く静かな闇に響いた。


「か……は……っ!?」


 まるで表情を変えないポーカーフェイスのままに、引かれた引き金。


「――――娘の仇だ、これは私の、復讐だ」


 撃ち抜いて初めて、鬼のような形相を見せる相田。

 全く事態を理解できないまま、腹部に二発胸部を一発撃ち抜かれた霧崎は驚愕のままその場に斃れる。いかに能力者といえど、銃弾が直撃すれば命に関わるのは変わりない。

 まして、今回はゲームも起動できていないため、霧崎はただの人間となんら変わりない。

 硝煙が、ジャケットの左ポケットからのぼっていた。

 銃口は、スーツのポケットの内側から向けられていたのだ。相田は、会話中もずっと霧崎にポケットの中で銃口を向け続け、その指は引き金を引かんと震えていた。

 娘を殺した男の顔を記憶に刻みながら、引き金を引いたのだ。

 斃れる霧崎は、まもなくして意識を失った。普通の人間なら絶命している傷だ。彼も例外ではない。

 地面に沈んだ仇敵を相田は見下ろす。彼はかすかに震えていた。


「終わったよ、千沙。終わったんだ……全部」


 久良悠莉はその一幕を眼に焼き付けていた。

目の前の男が自らに報いるために姿を現したのだと理解したときの、あの驚きと恐怖とが入り混じった表情を。

 復讐の引き金を引く瞬間の、消える間際の火が一際大きく燃えるような、刹那的な輝きを。

 そして。

 復讐を終えた男の、その表情を。

 人の死を前にし、それを齎したのが自分であることを後悔するような、亡き娘への追慕のような、悲願の達成に感極まったような、表情を。

 すべての音が消えた空間で見ていた。

 ただ、静かに。




 相田利家が、霧崎泉を撃った頃とほぼ同時刻。

 一宮千乃とエリカは現在、大きな和風屋敷の一室に案内されていた。邸内外には黒服の男たちによる厳重な警備が敷かれていた。

 大きな間取りの部屋の中央で彼女らは向かい合って座っていた。エリカは付き人として、別室で彼女らの対談の終わりを待っている。

 新塚は、彼女らをここに送ると、挨拶もそこそこに早々にこの邸宅を去った。


「あちらは終わったようです。霧崎泉の身柄の確保の協力、ありがとうございます会長、おかげで依頼が速やかにこなせました」

「前の剪定作業の礼さ。それに“一宮”の頼みとあっちゃあ断る訳にもいかんだろうよ」

「能力者の乱獲のツケの清算、高くついたのでは?」

「なに、得たものに比べれば小さい損失さ。七年も前には一介の組織に過ぎなかった桜城会が、今じゃいくつもの組を傘下に持つ一大組織よ。いくつか質の悪いのが混じったのも、時間はかかったがようやく処分できた。一宮の嬢ちゃんには感謝してんだ」

「会長も人が悪い。必要な時は引き入れるだけ引き入れて使っておいて、組織が安定したら捨てちゃうなんて」


 彼の言う剪定作業とは、桜城会内の大掛かりな人員整理だった。

 例えば、悠莉がこなした桜城会能力者四人の殺害依頼。あれは恭一郎が千乃へと依頼し、それを悠莉へと斡旋したものだった。

 桜城会が組織として急速に成り上がったのは、七年前の能力者誕生時に、粗悪、優良問わず、能力者であれば引き入れたことによって、その能力者の圧倒的物量において裏社会において武力で優位に立ったからだ。

 しかし、大量に動員した能力者の中には機関の規律を破り、組織全体にまで被害を及ぼしかねない人材も含まれていた。

 烏合の衆も抗争の最中にあってはまだ有用だが、一大組織として安定してきた桜城会にとって、それに該当する素行の悪さが目立つ彼らは目の上のたんこぶでしかなかった。

 故に恭一郎が次に行った方策が、外部の人間を使った。あくまで他所からの攻撃に見せかけた粛清だ。

 能力者はいわば歩く武器そのもの、内部で大々的に粛清を行えば、組織内で分裂し大きな内乱が起きかねない。

 そう考えた恭一郎は、機関の、または外部の人間を利用することで、世間に及ぶ被害の責任も桜城会によるものではなく、個人のものへと押し付けながら、内部の邪魔な人材を消す手段を取ったのだ。

 時間をかけながら少しずつ不要な能力者を切り捨てていき、結果として、今日の件をもって桜城会は彼が良しとする形に整えられた。

 桜城会は組織内のクリーンアップを済ませ、一宮探偵事務所は霧崎泉の身柄を確保。お互いの利害は一致し、事は一件落着。

 少なくとも、桜城恭一郎はそう考えていた。

 だが、一宮千乃はそれだけで済ます気は無かった。彼の、桜城会の杜撰な部分に付け入り、メスをいれる。

 彼女に、否、機関にとって、今回の事件そのものは大した案件ではない。いざ探りを入れれば霧崎に辿り着くことも容易で、試運転の為少年を動かしたが、実際のところ依頼を受けた初動の時点でおおよそ解決の目処が立っていた程度のものだ。

 だから、彼女にとって、霧崎という異能を持った街のチンピラが起こした一事件にはそこまで関心が無かったというのが本音である。世の中で起こっている抗争と比べるべくもなく、本来なら機関が動くまでもない。


「まあ、それはいいんですよ。あなたが組織の浄化を行わなくとも、いずれ彼らの行動がこちらにも目に余るようになれば、その時はその時で相応の対処を取るだけなので、今回の霧崎泉のように」

「は、恐ろしいねえ。流石は一宮さんの娘だ」

「でも、どうにも腑に落ちないんですよ。あなたの揃えた能力者は粗悪品が多かった。けれど、その数は四十人近い。烏合の衆とはいえ、今ならともかく当時の桜城会が用意できる人員とは思えないんですよね」


 剣呑な雰囲気が両者に漂い始める。ここから先は、機関傘下組織の一宮探偵事務所の探偵としてではなく、機関の構成員、調停者としての話だ。


「つまり……何が言いたいんだ嬢ちゃん?」

「これだけの人間を手配したのは誰かしら? 少なくとも機関の認知しない組織や個人なのは確かよ」

「お嬢ちゃん……あんたの親父には、“一宮”には借りがある。今回はそれに免じて、剪定の予定には無かったこっちの貴重な戦力である能力者の霧崎も差し出した。お宅らに完全に委任したんだ。結果としちゃ撃たれたようだが。それ以上を求めるのはちと強欲じゃないか?」

「いいえ、そんなことはありませんよ会長。もしあの当時に、全員ではないにせよ、これだけの能力者を機関以外に用意できる人間がいたとすれば、それはこちらにとって大きな問題です。我々はそんな組織を認知していない。そんなものに与するとなれば、それはあなたが安全策として行った剪定を行わないことより余程機関を敵に回していると判断せざるを得ない」

「……俺を脅そうってか? ここがどこだか分かって、誰に口利いてるの理解してんのかい」

「理解していますとも、会長。あなたこそ、自分の目の前に立つ者が誰か理解しています? それともチンピラ風情の頭では理解できませんか?」

「調子に乗りやがってこの小娘が!」


 立ち上がり懐から取り出される拳銃。自らに突き付けられたそれに全く怖気ることなく千乃は告げる。


「組織内の掃除の件。やってることが矛盾してるんですよ。外部にまで依頼をして、内側からの攻撃と悟らせずに内部の邪魔な能力者を排除した念入りなあなたが、霧崎だけは、私たちに要求されるまで、その対象に無かったなんておかしくないかしら」

「オイ、口を閉じろ。あんたは能力者じゃねえだろ、銃が怖くねえのか」

「ふふー、おかしなことを聞くのね会長さん。父を知っているあなたならご存知でしょう? 私は“一宮”。機関の『第一調停者』、一宮和尊の後継、一宮千乃よ」

「能力者を扱い、時には戦場の只中に立つこの仕事で、こんなおもちゃに怯えてちゃお話にならない。こちらは大量の能力者の雇い入れと、霧崎をギリギリまで看過したのには因果関係があると言っている、もし答えが是なら、桜城会はもれなく機関指定の賞金首行きだ、答えろ、つまらない口上や脅しで私を出し抜けると思うなよ」

「――――」

「それともここで私を消すか? それが出来れば私のこの推測も機関に伝わることはなく多少は時間を稼げるだろう」

「撃てないとでも思ってるのか、能力者を束ね、ここまで組織を大きくしてきたこの俺が」

「烏合の衆を集めて高見の見物をしていただけだろう。鉄火場に立ったのは貴方じゃない。そんな臆病なチンピラの大将如きに、私を撃てるものなら撃ってみるがいい」

「――――ッ!」


 銃声が鳴る。

 プライドの高い恭一郎はチンピラと称されたことに堪えることが出来なかった。千乃は引き金を引く指を見て、薄く笑った。

 どれだけ組織の規模が大きくなろうと、所詮この男はこの程度の器だと嘲笑した。能力者による武力のみで成り上がった組織の長など、彼女には高が知れていたのだ。

 翻って桜城恭一郎もまた、内心で笑った。

 機関の人間だろうが関係ない。

 所詮能力者でもないこの女自身は何の力も持たない。

 幸いにも此処は此方の本拠地。付いてきた金髪の侍女も始末して、あとは隠蔽すればどうとでもなる。霧崎はそれに使うのに都合が良さそうだ。

 不貞を働く霧崎泉を始末する際に起きた不幸な事故、そういう筋書きを恭一郎は頭の中で思い描く。

 所詮は、機関の後ろ盾を笠に着て調子に乗った無力な女と千乃を嘲笑した。

 しかし。


「やはり堪えられなかったわね」


 その嘲りは、至近距離で撃たれて傷一つないまま佇む少女の前に霧散した。


「けれど、今の音で誰も確認にこないということは、最初からこういう場合のことも考えていたということかしら? 能力者の件と言い、常に人を出し抜こうとするその姿勢だけは認めてあげるわ」


 床に落ちる弾丸を見て、指先を震わせながら恭一郎は言う。


「なんで、まさか……。あんたも“それ”を……!?」

「ええそうよ。しかし、知っていたなら猶更愚かと言わざるを得ないわ。父の仕事を引き継いだ私が、なぜ“それ”を使える可能性を考慮できないのかしら」


 放たれた弾丸が、しかし見えない壁にぶつかったように勢いを失い、その場に落ちる。

 桜城恭一郎はその現象を見たことがある。

 それはまだ彼と桜城会が目にもかけられぬ弱小組織だった頃、能力者誕生以前のことだ。

 とある組織との抗争の折に、獲得した物資の一部を何も聞かずに渡すことを条件に、手を貸してくれた一宮和尊がしてみせたものと同じものだったのだ。

 それを見た彼は、その現象をまるで“魔法”のようだと思った。

 突き立てられる刃物が、放たれる弾丸が、しかし、彼には薄皮一枚届かず弾かれる。

 その奇怪な光景に、ひたすらに畏怖したのを今日も覚えている。

 その経験があったからこそ、似たような現象を起こす能力者が誕生したとき、彼はすぐさまその戦力的価値に目をつけたのだ。

 彼女の、ひいては彼女の父が扱ったそれを、昔の人々は魔術と呼んだ。

 元よりその数はごく少なく、今となってはもはや異能を操る能力者に取って代わられた旧時代の者。

 『魔術師メイガス

 かつての裏社会の人間はこのような力を操るものをそう呼び畏れた。


「教えてもらおうかしら。どうやってこれだけの能力者を引き入れたのか。もう適当な嘘が通る状況じゃないのは分かってるわよね? 誤魔化せば本当に機関を敵に回すことになるわ」

「ち、俺も焼きが回ったもんだ。化け物をそうとは気付かず懐まで呼び寄せちまったんだからよ、食おうとした挙句こっちが食われるたあな」

「お褒めにあずかり光栄です」

「ハ、口の減らねえ女だ。……答えてやるよ。逆らったところで能力者でもねえ俺にはこの場を切り抜けることも出来ねえ、ここまで追い込まれて、義理立てするような間柄でもねえしな」

「では、聞かせてもらおうかしら」

「……ありゃあ6年前だ。まだ桜城会も小さい組の集まりでしかなかった。極道の世界にも大きな団体にゃ能力者が一人二人と雇われるようになった時代よ。俺らもその存在に目を付けてはいたが、簡単に集められるような人材じゃねえ、困り果ててたある日に、電話が一本鳴った」


 葉巻に火を着けながら恭一郎は語る。


「そいつは異能専門のコンサルタント犯罪者を名乗ってやがった。そのイカれた野郎は、能力者を半永久的な派遣、つまりは譲渡してもいいと言いやがった。当時は能力者なんて一人も抱えちゃいねえし、機関傘下に入れるような大それた組織でもねえウチらは、その怪しくも甘い誘いに乗ったのさ。破格の条件でな」

「その条件というのは?」

「かいつまんで言えば、能力者を使って極道間の抗争を激化させること、そして指定の能力者を必ず引き取り、無条件に匿うこと。あとは金すら要求されねえ」

「それは随分、狂ってるわね。酔狂にもほどがある」

「だろうよ。だがウチらが一気に成り上がるには能力者っていう力が必要だった。規模や資金力に劣るウチには武力しか無かった。戦いの主役が能力者へと変わる転換期、他が人材を揃えてからじゃあ手遅れだ、悪質な悪戯ならそれはそれで構わねえと物は試しと話に乗ってみれば、奴は遣いの人間を使って、短期間に何人もの能力者を連れてきやがった。その質と量、結果は、嬢ちゃんも知る通りだ」

「その“奴”を見たの?」

「いいや、奴は姿すら見せなかった。連絡も一方的、話したのも電話越しだけだ」

「徹底してるわね……」

「奴が不定期に能力者を寄越すようになって一年は経ったころだ、霧崎が名指しで送られてきたのは、それが最後の紹介でそれきり音沙汰なしだ。嬢ちゃんの読み通り、霧崎をギリギリまで庇ってたのは奴との契約があったからさ、一年前の事件を揉み消してやったのもな。結局は霧崎をあんたらに売ったうえに、機関にも目を付けられる最悪の事態なわけだが」

「それは気の短い会長が悪いね」

「言ってくれるねえ、……だが、理解してくれよ。俺は奴が恐ろしいんだ、今日、あんたらを騙そうとしたくらいにはな。あんたらさえ追えていない奴が、ひどく恐ろしい」

 千乃が霧崎個人に目を付けた以上、桜城会がこれ以上霧崎を匿うことは出来なかった。それは明確な機関への敵対行為になる。

 だが霧崎を切るということは、当然、その謎の人物との取引を破ることになる。恭一郎は、最初から詰んでいたのだ。

 桜城会内々で、先んじて霧崎を止める為に、あくまで今発覚した体を装うように、何も知らない伊達たちを動かしたが一足遅かった。

 不運にも同時期に相田利家の依頼を受けた千乃もそこに辿り着いてしまったのだから。

 ならば、せめてこちらの面子を保ちながら、霧崎の身柄を譲ることで機関には恩を売る図を描いていた恭一郎だったが、千乃は粗を見逃さなかった。

 結果として、どちらに対しても不義理を為してしまった形の桜城会。

「俺から話せるのはこれが全部だ、満足したかい探偵さんよ」


 話が終わり、恭一郎は葉巻を灰皿にゆっくり置く。


「ええ、大変満足です。それで提案なんですけど会長。今回の情報の見返りとして、こんなのはどうでしょう。。桜城会も落ち度はあれど、あくまで今回の事件の責任は霧崎泉個人にあるっていうのはどうでしょう?」

 千乃が端正な笑顔でニコニコと告げた提案を、恭一郎は呆れた顔で聞き入れた。

「あんた、とんだ悪女だよお嬢さん。その歳でこれたあ、惚れる男は大変だろうね」

「ふふー。……この貸しは大きいですよ。袖の下程度じゃ返せないということをお忘れなく」

「親子二代に借りを作ることになるとはね、因果なもんだ」


 会談を終えて、しかし、千乃の脳裏に引っかかるものがあった。

 大きな謎である、異能専門のコンサルタントを名乗る支援者はさておき、千乃の懸念はかねてからの女性の失踪事件。

 相田千沙が殺害されたことが発覚したのは、その遺体と遺留品が見つかったからだ。だが、他の犠牲者は未だ一人も発見されていない。

 あくまで失踪扱い。

 では、彼女らの遺体は――――何処に消えたのか。

 おそらく今頃、相田たちの手によって相応の結末を迎えているだろう霧崎。彼女の観察によれば、まず間違いなく相田利家は銃の引き金を引く。それで相田利家の依頼と、失踪事件については解決のはず。

 だが、まるで安心できないこの悪寒はなんだ。

 嫌な予感が、千乃の脳内を貫いたその時。

 思考を遮るように携帯のコール音がなる。恭一郎の端末からだ。視線で電話に出るよう促す。

「どうした? こっちは今、話の途中だぞ。―――なんだと?」

 電話を切った恭一郎は、血相を変えて千乃に告げた。

「霧崎の野郎が、消えやがった」

 



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