第5話

 

 そうして迎えた昼休み。オレは千乃に呼び出され、食堂の卓を二人で囲んでいた。

 彼女は学校では有名人だ。

 美少女を自称する彼女だが、そこに一切の偽りはない。大人過ぎずかといって童顔過ぎない美女とも美少女とも言える整った顔立ち。

 何をするにも垢ぬけていて、彼女を低く評価するものはいないだろう。

 人の容姿など究極的には個人個人の好みだが、千乃を美少女でないと言うのは無理があるという程度には優れた外見をしている。

 その他を圧倒する容姿から、彼女の人気は必然のものともいえる。

 こうしている今も周囲には彼女を気にする視線をそこら中から感じる。

 なぜオレのような冴えない一介の男子生徒と昼食を共にしているのか、そんな不躾な視線も含まれている。

 それでも誰も口出しできないのが、真のトップカーストの人間の力。彼女がやることなすことに、疑問に思うまでは許されど、それを口に出したりケチをつけてはいけない。

 民では女王の行動に文句をつけられないということだ。

 そして、その肝心の女王様は。


「いやあ、やっぱりそうなったか。ははは、ごめんごめん悪気はないの」


 向かい側に座る学校の女王――――もとい、一宮千乃はオレの教室での一連の失態を聞いて心底面白そうにからからけらけらと笑った。

 昨日の彼女の、楽しみにしているとはこの結果を予期してのものだったのだろう。

 はーおなか痛い、と千乃は小さく言うと、おなかを抱えた状態からこちらに向き直る。


「学校での人間関係や立場に価値はない、だっけ? 実際はどうだった?」

「言われなくても分かってる、たった今実感してきたところだ」

「自分で気づいたなら上々よ。今まではともかく、この仕事をする以上戦うだけじゃあいけない。キミには戦う以外の事も身に着けてもらわなくちゃ。それはきっとキミの目的を果たすのにも役に立つはず」

「あんたが試すような真似をしてくれたおかげで、こっちはこれから面倒になりそうだがな」

「私の助手なら、逆にやりこめてみせてよ。ここからクラス内で良い立場についたら大したものよ」

「まあ努力はするが。……こんな人のいる場所で仕事の話をしてもいいのか?」

「こんな所で話してる内容を、誰が本気にするの? 人目を半端に忍ぶよりは案外、こんな所の方が良かったりするものよ」

「あんたが良いなら構わないが。……柳田の件はどうする? 悪いがあの様子じゃオレからは何もできないぞ。そっちが話しかければ別かもしれないが」


 柳田たちがクラス内のカースト上位者なら、千乃はこの学校全体のカーストトップに位置する人間だ。


「えー、私、ああいう男は嫌いなのよね。いかにも自分はモテますっていうあの感じ。まあ、モテてきたんだろうけど」

「おい」


 中身は、まあ、ご覧の通りだが。

 オレに戦闘以外のこともこなせるようになれと言った直後にその態度はあんまりすぎる。

 彼女であれば、柳田もオレのようにあしらうことは出来ない。そうすれば、あいつの方が立場を悪くしそうだ。


「まあ実はその必要もないのだけれどね」


 千乃は携帯を取り出して、操作する。まもなくして、オレの方の携帯がメッセージを受け取る。中にはマップのURLが二つ張られていた。

 開くと、学校から一番近い大型のアミューズメント施設を示していた。ボーリングやビリヤード等のスポーツやゲームセンターなど様々なエンタメが提供されている学生から家族連れまで広い層に利用される施設だ。

 それと、駅をいくつかまたがっての少し離れた街の区画の一つ。あまり人気の無い場所が多く、治安も良くない印象の区画だ。


「柳田くんたち御一行が、学校帰りによく寄るっていうたまり場。そして、その彼が解散後に夜な夜な向かっている今は稼働してない怪しい廃工場」

「そこまで掴んでいるならオレがわざわざ柳田に接触する必要は」

「はっきり言います。なかったわ!」


 オレの言葉に先んじて言う。思わずため息をつく。


「はあ……」

「そんなため息つかないでよ。言っても聞かないだろうから、実際に経験してもらういい機会だったの」

「そんなことの為だけにオレは、面倒を負わされたのか」


 つまりは今朝の出来事は、本当にいらぬ苦労だったわけだ。


「そんなこと? それは違うわ悠莉くん。キミは今日、おそらくクラス内でははじめてコミュニケーションを求められて、自分の立場に合った対応をせざるを得なかった。でも、普段から人と関係をもって、キミが相応の立場の人間になっていたら、あるいはキミに策を用いて相手を動かす政治力があれば柳田くんも無碍には出来なかったはず。キミが負った面倒はキミの能力不足のせいよ。キミは復讐者としては相田さんにも劣る。直接的な暴力以外何も見てこなかったキミはね」


 相田利家の名前を出されて、オレは口を閉ざす。それに、オレにはそういう部分が欠けているのは確かだ。


「そうかもしれないな」

「あら素直、キミにしては珍しい」

「それで、そこまで柳田の行動を把握しているなら、なぜ踏み込まない」


 千乃のこの手の挑発には相手をしないことを決めている。絶対に。

 オレの反応に、わーつまんなーい、と言うので睨んでみせる。

 大して怖がった様子も焦った様子もなく、けふこむけふこむとわざとらしくせき込んでみせる。

 ホントに憎たらしい女だ。

 彼女のあらゆる横暴は、ただ一つ、凄まじい美少女というだけで許されているので手の付けようがない。世の中とは、イケメン美女に甘いのだ。

 仮にオレがここで手をあげようものなら、オレは学校中を敵に回すことになる。


「例の失踪事件。一月ごとに起きているって言ったでしょう? その周期に当てはめるならそろそろ何かが起きる。私の予想が正しいなら、彼を追えば動きが掴めるはず。案外、彼のお友達、キミのクラスメイトが次のターゲットかも」

「で、オレはどうすればいい?」

「尾行をお願い、なるべく騒ぎにならないよう穏便にね」

「了解」


 必要な話し合いは終わった。お互いに食事も終えているし、これ以上の長居は不要だ。

 席を立とうとするオレをしかし、千乃は手で制する。


「あと今までは見逃してきたけど、こういう場所じゃあ相応の言葉遣いをお願いね。私先輩、キミ後輩。オーケー? キミの普段の態度じゃ人はついてこないよ。以前は出来てたことでしょう? ほら、にっこり」


 千乃は破綻のない均整のとれた綺麗な笑顔をつくる。多くの男子は、こういった彼女の表情にやられてしまうのだろうか。


「……分かりましたよ、一宮先輩。今日は昼食に付き合ってくれてありがとうございました」


 言いながら、席を立つ。

 今朝仕方なく、背に腹で久方ぶりに被った仮面だが、どうやら長い付き合いになりそうだ。本来、人間社会で生きていくなら当然のようにやることだ。

 オレがそういう舞台からしばらく離れていただけに過ぎない。


「ふむ、くるしゅうない。私も今日は楽しかったわ。では、放課後よろしく頼んだよ」


 彼女は満足げにそう言った。

 確かに、オレを道化にしたあんたは楽しかっただろうな。

 この女の本性を知れば、彼女の羨望や憧憬を抱く生徒たちの何割かは目を覚ますのだろうか、そんなことを考えながら教室へと戻った。




 

 電子音と人の声が各所から聞こえてくる。放課後、柳田たちのたまり場になっているという件のアミューズメント施設に来ていた。

 階層ごとにゲームだけではなくスポーツなども楽しめる様々なエンタメが用意されたアミューズメントスポットたるこの場所は、学校帰りの生徒には格好の溜まり場なのだろう。

 男女入り混じる華やかなカースト上位者たちやカップルも居れば、教室の隅でアニメやゲームの話をするようなカースト下位の者たちまで、所謂、陽キャ陰キャのどちらもが遊びに来る施設になっていた。

 情報通りに当施設を訪れた柳田たちのグループは、上階のスポーツが楽しめるフロアへと向かったのを見送った。

 彼らの解散を待つ最中、オレも適当なゲームで遊んで時間を潰すことにした。

 同所には、クラス内のオタクっぽい二人組も来ており、アーケードゲームのある筐体に熱中している様子だった。

 遠目から見たタイトルは自分も知っている一昔前から人気のシリーズだ。アニメや漫画にもなっているそれは史実の英雄の名前を語る可愛いキャラやカッコいいキャラが登場し、当時の俺もハマっていたのを思い出す。

 何事も無ければ、ああいう集まりの輪の中にオレも居たのかもしれないなんて思う。

 アーケードゲームの筐体のコーナー、UFOキャッチャーなどのプライズ、メダルゲームなど、一通り見て回ったのちに、昔からある銃を模したコントローラーを用いたガンシューティングゲームをやることにした。

 こんな機会でも無ければ、そうそうやる事はないだろう。

 ゲームの内容は大量に襲い掛かるゾンビを倒し、クリアを目指すものだ。

 的確に照準を合わせて、倒していくそれは中々爽快感もある。

 だが、本来二人用に調整されている為か、それとも単純にオレの腕が足りないのか、ゲームの難易度が高く、ついにはライフが尽きてしまった。時間にしてみれば三十分ほど経っており、孤軍奮闘した方ではないかと思う。

 何回かコンティニューすればクリアまでいけるような気もするが、クレジットを投入したものかどうかと迷っていると、背後から声をかけられた。


「手伝おうか?」


 振り返ると、この暗くチカチカとした電子的な空間に似合わない爽やかな顔がこちらを見ていた。

 同じ高校の制服だったが知らない顔だった。

 クラスメイトではない、はずだ。


「どうする?」

 後ろの画面では着々とカウントが進んでいた。カウントがゼロになってしまえば、コンティニューは出来ない。


「頼むよ」

「よしきた、じゃあよろしく」


 それを受けて彼も硬貨を投入し、空いた片側のコントローラーを手に取り、参戦する。

 ゲームが再開されて、次々と敵が襲い掛かる。俺は先ほどまでの調子で、全画面をカバーしようとする。

 しかし照準を移動させる暇もなく、オレとは反対側の敵は彼によって素早く倒される。


「画面の左側は任せてよ、君は右側を」

「分かった」


 独りでやっていた先ほどまでとは見違えるほどに順調にゲームは進行していく。強敵も、相手に表示される照準マーカーもお互いがお互いをカバーするまでもなく、それぞれが自身の担当する範囲を的確に撃ち抜き、あっさりと倒していく。

 面白い、と純粋にそう思った。

 協力型であろうと対戦型であろうと、自分と腕の近しい人間とやる競技というものは面白い。

 オレは久々にゲームというものに熱中した。


「いやあ大した腕前だね。あの調子なら僕が協力を申し出るまでも無かったかな」


 ゲームを終えて、彼は無駄に爽やかな笑顔でそう言った。

 手にはスポーツ飲料のペットボトルを二つ持ち、片方をオレに渡す。

 少し長めの茶髪と整った顔立ちに不格好さが一切ない綺麗な笑みや立ち振る舞いは、初対面の俺でも印象良く映り、彼が人に好かれているだろうことは容易に想像がついた。

 同じ高校の人間だ。昼に千乃に指摘されたこともあり、声の調子や表情を意識して変える。


「助かったよ。そっちも大したものだよ、何で手伝ってくれたんだ?」


 スポーツ飲料を飲む姿すら様になっていて、ともすればCMの一つでも撮れそうなほど絵になっている。


「高難易度で有名な奴なんだよさっきの。それを一人で挑んでいて、傍から見ても上手いのが分かったからね。あれだけ出来てクリアまで行かないのは惜しいなって」

「へえ、知らなかったな」

「知らないでやっていたのかい?」

「ゲームは好きなんだけど、最近はやってなかったから」

「そうなの? 僕の周りにはゲームを一緒にやるような相手が居なくて、一緒にプレイ出来て楽しかったよ」

「相手なんかいくらでも見つかりそうに見えるけど」


 男のオレから見ても充分にイケメンだと感じる彼だ。仕草の一つをとっても垢ぬけていてゲームをプレイする姿もオタクっぽさを感じさせない。

 友人などもさぞ多そうに見える。

 わざわざこんなところに一人で来ているオレみたいなのに声をかけなくても、彼が誘えば同性でも異性でも相手などいくらでもいそうだった。


「あはは……まあ、誘えば一緒にやってくれるだろうけど、好きでもないのに付き合いで一緒にやってくれるような妥協は正直懲り懲りでね。何事でもそうだけど、競技ってのはやっぱり対等な相手と真剣にやらなくちゃつまらない。君も、たかがゲームって思うタイプ?」


 自分のレベルについてこれるような腕前の人が居ないということだろう。

 プレイヤーのスキルの重要度が高いゲームであるなら、あまりに腕に差がありすぎるとつまらないというのは頷ける。

 腕が立たないだけならまだしも、ゲームを好きでもない相手と一緒にやるというのが彼にとってはあまり好ましくないようだ。

 実際彼がゲームが好きだと言えば、気に入られようと話を合わせるものは少なからずいそうだし、過去に居たのだろう。


「いいや、気持ちは分からなくもないかな」

「話が合いそうだ。その制服からして同じ高校だよね。僕は幸村倫也、二年だ。君は?」

「オレは久良悠莉、同じく二年だな」

「見ない顔だったけど、同じ学年だったんだね。また学校であったらよろしく、今日は楽しかったよ」

「ああ、また」


 立ち去る幸村をその場で見送ると、受け取った飲料を一口飲む。思わぬ出来事だったが、丁度時間も潰せた。日も暮れて、そろそろ柳田たちも解散する頃合いではないだろうか。

 店内の出入りはこのフロアを通らなければいけない。ゲームをプレイしながらも客の出入りには注意していた。

 柳田たちは五人だし、顔も知っている。大人数が降りてくれば気づくはずだが、降りてきた気配はない。

 手持無沙汰にしていると、しばらくして目的の柳田とその一団の姿が見えた。


「篤、マジで半端ねえな。ストライク連発とかマジプロ」

「それねー」


 大木が柳田を誉め、それに同意する月山。


「……まあな」


 聞こえてくる話から察するに相当活躍したらしいが、持て囃されている張本人は、あまり冴えない表情で、受け答えも曖昧なものだった。


「かー篤に敵うわけねえじゃん。てか、俺以外の男スポーツセンスの塊ばっかじゃん。相手が悪かったわ相手が」

「いや、小林は全体で最下位でしょ、女子より下ってセンスなさすぎー」

「うわー、日野ちゃん言い過ぎだべ。傷つくわー」


 チャラ男の小林が、大して傷ついた様子もなく、軽口をたたく。


「じゃあ今日は帰るわ、お疲れ」


 五人の思い思いの会話も程々に、大木の言葉を皮切りに各々が帰路につく。店内を出た彼らに続いて、少し時間を遅らせてから外に出る。

 柳田と日野は互いに何やらスマホでやり取りをしたらしく、二人で施設を後にした。

 オレは二人に気づかれないよう尾行を開始する。

 

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