第4話
一日が経って、月曜。授業は二限を終了した休み時間。
登校してから教室内で常に五人のグループを形成する柳田とその友人たち、他にもクラス内の生徒、顔と名前のイマイチ一致しない全員を観察、把握に努めた
そして今、オレは久しく使っていなかった他所様向けの媚びた言葉遣いをもってして、柳田に話しかけていた。
「柳田くん、ちょっと二人で話したいことあるんだけど、いいかな?」
長らく人付き合いを放棄していた俺のクラスでの立場は、カーストにおいて最底辺にいた。
誰とも話さず孤立していたオレへの周りからの評価は友人らしい友人もいない目立たない地味な奴で、そんな奴と必要事項以外で話すのはイケてないとみなされる。
学校とはそういう場所だ。
オレ自身、能力者になる以前は真っ当に学生をやっていたのだ。
学校での人間関係について疎いわけではない。
オレのような生徒が、特に理由もなく彼らのような、カースト上位の人間に話をかければどうなるかは想像に難しくない。
特に柳田らは、クラス内で双対を為しているグループの言い方が悪いが不良寄りの生徒たちのグループだ。
横柄で横暴で、以前のオレなら近寄らないタイプの連中だ。
カースト上位の人間ならともかく、オレのような人間は、とても対等に話してはくれないだろう。
だから、なぜそうなったのか原因は明らかだし、その反応も当然のものだった。
「はあ? なにオマエ?」
仲間内での会話を邪魔された形になった柳田の機嫌は露骨に悪くなる。
オレが休み時間に行動し、まさか柳田たちへと話しかけるとは、教室内の誰も想像だにしなかったことのようで、オレに気づいた者から、正気かこいつと言った視線が向けられる。
「こいつ喋れたん? 久良クンだっけ、まともに喋ったのはじめて聞いたわー」
「てかさ、俺ら楽しく話してたわけじゃん? いきなり割って入ってくるとかねーわ」
そう言って続いたのは、柳田のグループの男子生徒二人、大木と小林だったか。
二人は柳田ほど派手な見た目はしていないが、制服の着こなしや素行を見るに、所謂、ヤンキー寄りの人間だ。
背の高くガタイの良いオラついた感じの大木と、茶色に染めたチャラい感じの小林。
はっきり言って、クラス内でオレのような立場の人間は、彼らにいじられることはあっても、こちらから接触するのは憚られるタイプの人種だ。
「マジさー空気読めな過ぎじゃない?」
「喋り方もキモイし」
五人で形成されている彼らのグループの残り二人の女子。暗めの金髪に染めた日野と、軽くウェーブのかけられた黒髪の月山。
制服の着こなしや身の回りのアクセサリーや小道具等いかにもギャルっぽい雰囲気の女子二人にも汚物でも見るような目で見られる。
彼らの露骨なまでの敵意と、冷めきったクラス中の雰囲気をもって、オレは教室内で空気から明確な敵となったらしい。
場の流れを汲み取って、いよいよ柳田は調子に乗ったよう。
「でさ、何よ? 用あんなら二人でとか気色悪いこと言わずここで言ってくんない?」
「ここじゃしにくい話なんだけど……」
「どうしても二人で話したいとか、アツシに告る気なんじゃね? ホモだぜこいつ。柳田くん好きです、なんつって」
「おいおいやめてやれって」
言いながら、馬鹿笑いする大木。止めながらも笑う小林。やり取りを見守るクラスの何人かもオレを笑った。
「きも」
馬鹿にされながらも愛想笑いを浮かべるオレに、日野という女子はつまらなそうにそう言った。
全くオレも同意だ。
クラス内でも彼女が強い立場にある事は、容姿からも、このグループにいることからも明らか。
そんな彼女が貶したことで、クラスの人間はいよいよ、本格的に笑いを隠すことをしなくなった。
学校での立場を気にしていた頃のオレは、こうならないように毎日を過ごしていたのかと思うと、本当に気持ちが悪い。
それなりの立場でいる為に、媚びたり、気を遣ったり、つまらない遠慮をしたり、本当にマヌケだ。
「いい加減邪魔だからさ、あっち行ってくんない? ウチらあんたみたいな陰キャと絡みたくないし」
月山が痺れを切らしたようにそう言った。
これ以上、オレの立場で何を言っても聞き入れられることはないだろう。場の雰囲気が、月山の邪険に扱う態度で一気に排他的になる。引くしかないようだ。
「いや……ごめん。何でもない」
一度席に戻る。彼らの思い通りに帰らされたオレを笑う声。
他人からはどう見たって、陰キャが日和って柳田たちから逃げたように映っただろう。
今までのオレはクラス内でも空気程度の扱いだったが、今日の件で、少々面倒になるかもしれない。
オレの学校での誰とも関係を築かない立ち回りは、周りから干渉されないことが前提のものだ。向こうから悪意をもって近づいてくるようなら、こちらも対処をしなくてはならない。
この二年のオレは、自らを鍛えるために、ロクに他人と関わらない生活をしてきた。
だが、一宮探偵事務所の、機関の人間として働いていくなら今回のような仕事もこなさなくてはならない。
今回の件はいわば、オレが社会的な立場を築くことを放棄してきたツケが回ってきたようなもの。
身の振り方を考えるときが来たのかもしれない。
圧倒的に立場の弱くなった教室内で、露骨な視線を感じたり、オレは肩身の狭い思いというのを久々に味わいながらそう思った。
ため息をつくと、その姿を見ていたのだろう誰かが笑った。
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