鮭・注釈・降霊術
「哲学とは、プラトンの著作について為された膨大な注釈に過ぎない」
重厚な革背表紙のひしめく書架を前に呟いた。
「なにかね、全ての学究は創始者を現世に呼び戻すための降霊術の類に過ぎないとでも?」
「マルクスが降霊術で呼び出されたら堪らないな」
「『哲学』や『プラトン』は、他の営為や人名に置き換えても成り立ちそうだ」
「もし、お前のいうことが正しければ、学者や作家はなにも新しいものは生み出しえないにもかかわらず、図書館を回っていることに、以前いた場所を再び踏むための徒労に身をやつしていることになる。それは学究や創作の徒への愚弄にならないかね」
「そりゃ面白い。まるで鮭の回遊だな。そして皆、産卵という執筆を終えると、組織がぶよぶよになって死ぬ」
失笑が埃の揺れとなって、空間に射しこんだ光を散乱させた。
「降霊術をどう取るか、だな。あなたの思い浮かべているようなものを、私は降霊術と呼ばない。それはペテン師のやることだ。真の降霊術とは、その著者自身になることで、もしそれが正しければ、哲学や神話は毎瞬毎瞬創始されていることになる。全員が創始者であるから、誰かが誰かの影になることはない」
「詭弁だ。実際にある営為を誰が始めたのか答えられなくなる」
「創始や創始者、というのは、物事を単純に理解するために人間が擬制したものだ。実際の時間は円環的であり、さもなければ人間の捉えきれない茫漠とした広がりだ。人間はそこに始まりというピンを無理やり打ち込んで生きている。始まりは人間が今を生きるための寄る辺さ」
「そして終末も」
失笑がまた埃を舞い上げた。
割れた天窓からは刻一刻と毒気を孕んだ空気が忍び寄り、一座のいる部屋を満たしつつあった。
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