馬場ロータリー・噂が本当になっちゃう系の怪談・確定申告

「なに、噂が本当になっちゃう系の怪談?」

「怪談じゃなくて、単に民主主義の結果だよ」

その日の馬場ロータリーの喫煙量は他の日とはかけ離れていた。その日を境にロータリーから喫煙スペースが撤去されることになっていたため、喫煙者が増えるのは当然といえば当然だった。ロータリーを訪れる人々は、皆喫い納めとばかりにスペースに雪崩込み、溢れた煙は、周囲を回る車にかき回されて、ロータリーの内外を仕切る障壁を形成していた。ここまで来ると、スペースも何もなくなってくるので、ユウイチはカズマと一緒にポールに腰かけ、他の人と同様に近くのドン・キホーテで買った紙巻を吹かしていた。ロータリーの中央では、鍋が煮られている。中で煮込まれているのは明らかに鼠と鳩だった。

「ヒロム、まだ来ないの」

ロータリーにここまで人が集まったのは、法律だけが原因というわけではなかった。ユウイチと語学のクラスが同じだったヒロは、夏季休業の間に友人とITベンチャーを立ち上げ、巨額の収益を上げた。事業に成功した祝いに、ヒロムは大規模な宴会を開くことを決め、何にでも独創性を出したがる彼の性分からか、開催場所はロータリーと決まった。参加者だけでなく、ロータリーを偶然訪れる人も巻き込んだものがいい、というのが彼の意向だった。当日、計画は実行に移され、数十台の暖房器具と大型のバッテリー、それに大量の酒類と食物が開催場所に運び込まれた。

「確定申告で来れないって、ヒロム」

どうする、と言っても野暮だな、と思い、ユウイチはぼんやりと目の前の光景を見ていることにした。今さっき鼠が煮られていた場所では、半裸の男女が、殴り合っていた。ヒロムは、会の運営の全てを取り仕切っている。幹事を失った会は確実に統制を失っていた。紫煙はますます濃くなっている。

「煙というのは」

 虚実の境を乗り越えるツールだな。わざわざ言うのが億劫になって、言葉の後半は心の中で呟いた。お香とか麻薬とかが使用される文脈から記号的な意味が付与されたのだろう。そう思って、カズマの方を見ると、カズマの姿は、煙の中に埋没していく最中だった。煮られているのは、鼠だけではないのかもしれない。ユウイチは、ひとりごちた。

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