コロナ収束・9:04・護送

 そうむすっとした顔すんなって、ほら、空見てみろ。前回のコロナ収束から、たった一週間だぞ。それなのに、こんなに綺麗なオーロラだ。雪景色にしか似合わないと思っちゃいたが、干からびた、だだっ広い荒野の空にかかるやつも、なかなか捨てがたいもんだな。いつか海岸に行った時……あそこの海はもう干上がっちまったかな……海風に膨らんでいたお前のワンピースみたいじゃねえか。小さい頃、地上がこんな有様になったのは、お天道様が怒ったからって教わったが、こんなに綺麗なものを拝めるとなると、あの牧師のいったことは、とんだ子供だましだったわけだ。この窓の外に出ると、途端に皮膚がただれちまうってのも、なかなかスリルがあっていい。美術館の展示品みたいなもんさ。触りたくても触れない。綺麗なものがすぐ手の届く所にあっても、制度だとか柵だとかで簡単に近づけなくしてあるだろ。展示品自体にいい所がないってわけじゃないが、あの禁止が、展示品の美しさをさらに引き立てていると、俺は思うね。……鳩が来た。前回よりも、羽の殻が落ちてる。こいつはもう限界かな。文書は無事だから、もう二、三回は使えると思うが、それが終わったら、台所行きだ。空から降ってくる紫外線よりも、グリルで焼かれた方が鳩としての生を全うできるってもんだろ。到着予定時刻は、9:04。えらく微妙な時間になったもんだな。途中で、泥棒の襲撃にあったのが、原因らしい。ほらな、日頃お前は、この仕事について恨み言をいうが、やっぱり俺たちがここにいる意味はあったんだ。なんてったって、貴人の遺体だ。護送する車両は、棺桶みたいなもんで、死体と一緒に生前の装身具がわんさか入ってる。……どうせ、俺たちの所でぶちまけられて焼かれるんだから、関係ないって?うるさいな、どちらにしろ遺体が太陽に焼かれるのを最後まで見守っとく人間が必要なんだよ。儀礼的な意味で。「太陽から生まれ、再び太陽に還る」なんて、牧師が狂ったように唱えてた言葉は、好きじゃなかったが、遺体を陽にさらして自然に返すって発想は、まんざらでもないと俺は思ってる。日毎に陽についばまれていく人の体っていうのはなかなか見物だぜ。俺たちが物質だってことを自然と分からせてくれる。……アリカは、焼けたってよ。今日運ばれてくるのは、そこの人たちだ。ひょっとすると、お前の姉さんも混じってるかもな。ああ、駄目だ、駄目だ。思ったことがすぐ口に出ちまう。ただでさえ二人でも孤独なのに、一人になると、すぐこれだ。死体と鳩くらいしか話しかけるもののいなくなった墓守の宿命なのかもしれねえ。……なあ、許してくれよ。俺と一緒に暮らしてくれるってお前がいってくれた時、俺は本当……天にも昇るほどだったよ。だから、アリカで政変が起こった時、お前を引き止めたのは、仕方がなかったんだ。お前が、俺の手を振り払わなかったら、少しは頭が冷えたかもしれないんだ。だから、許してくれよ。お前の大切にしてあったワンピースと一緒に焼いてやるからさ。なあ。

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