波・トマト・座敷牢
磨空の両親は、前科のない至って普通の人間であり、彼らの行動の動機付けとなったのは、他ならぬ磨空自身であった。普通の人間であったからこそ、磨空にこのような処置を施したのだといってもいいのかもしれない。市井の人間の温厚さを狂気でかき乱すほど、磨空の容姿と身振りは際立っていた。際立っていたといっても、突き刺すような輝きを持っていたわけではない。磨空は、ただひたすらにあどけない。並の人間よりも成長が早い方だったが、生活のどの側面を切り取っても、そのあどけなさは糸を引いて、見る者の保護欲を過剰に掻き立てるのだった。両親は、磨空を抱く自身の両腕の不器用さを恐れ、その、磨空のはかなさに対する極度の不安は、座敷牢という形で結晶した。牢は、いくら抱き止めても足りないという両親の意思を反映するかのように、強固に、堅牢に造られている。
牢の隙間から漏れてくる潮風を口で受け止めた時に感じられる酸味が、磨空に昔食べた果実のことを想い出させる。トマト、という間の抜けた発音の感覚は、変化の無い牢での生活に、微かだが豊かさを加えた。
水害で全てがなぎ払われた村を後にした牢は、方舟となり、居住者の身体の一部となって、太洋を渡っていく。
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